土曜日の朝、山あいの静かな集落に軽快な音楽が響き渡る。かつて子どもたちの元気な声で満たされていた旧北山小学校の体育館から、ジャズバンドのリハーサル音が聞こえてくるのだ。午後になると、今度は家庭科室から香ばしいパンの匂いが漂ってくる。地元の主婦グループが始めたパン教室の時間だ。夕方には、図書室だった部屋でヨガ教室が開かれ、都会から通ってくる参加者も少なくない。
この光景は、決して特別なものではない。文部科学省の調査によれば、少子化の影響で全国では毎年約450校もの学校が廃校となっている。平成14年度から29年度までの間に発生した廃校は実に7,583校。しかし、希望の光もある。そのうち約75パーセント、4,905校が何らかの形で新しい命を吹き込まれ、地域のために活用されているのだ。
廃校となった建物を前に、多くの人は寂しさを感じるかもしれない。確かに、子どもたちの声が消えた校舎には、どこか物悲しい雰囲気が漂う。けれども、見方を変えれば、そこには無限の可能性が眠っている。頑丈な鉄筋コンクリートの建物、広々とした教室、整備された水回り、駐車場、そして何より地域の人々の思い出と愛着。これらすべてが、新しい物語を紡ぎ出す舞台装置となりうるのだ。
あなたの住む地域にも、きっとそんな廃校があるはずだ。草が生い茂る校庭、割れた窓ガラスにテープが貼られた校舎。でも、その建物の中には、かつて地域の未来を担う子どもたちが学び、遊び、成長した空間がそのまま残されている。そこに新しい息吹を吹き込むことができたなら、地域はどんなふうに変わるだろうか。
第1章:なぜ今、廃校がチャンスなのか
田中さんは、3年前まで都内の広告代理店で働いていた。激務に追われる日々の中で、ふと実家のある長野県の山村を訪れた時、母校だった小学校が廃校になっていることを知った。雑草に覆われた校庭を見て、最初は胸が痛んだという。しかし、建物の中に入ってみると、意外なほどしっかりとした造りに驚かされた。
「昭和50年代に建てられた校舎でしたが、耐震補強も済んでいて、まだまだ使えそうでした。何より、教室の広さに魅力を感じました。都会のレンタルスペースでは考えられない、一部屋50平方メートル以上の空間が、いくつも並んでいるんです」
田中さんの言葉には、廃校が持つ建築物としての価値が端的に表れている。実際、学校建築は一般の建物と比べて頑丈に作られている。子どもたちが安全に過ごせるよう、建築基準も厳しく、定期的なメンテナンスも行われてきた。廃校になったからといって、すぐに使えなくなるわけではない。むしろ、適切な管理さえすれば、あと数十年は十分に活用できる「資産」なのだ。
少子化という言葉を聞くと、どうしても暗い気持ちになりがちだ。確かに、地域から子どもの声が減っていくのは寂しい。しかし、この社会の変化が生み出した「余白」を、どう活かすかは私たち次第だ。かつて一学年に100人いた児童が10人になってしまった。その事実は変えられない。でも、90人分の「空き」ができたと考えることもできる。その空間を、地域の大人たちが、高齢者が、そして地域外の人々が使えるようになったと捉え直せば、新しい可能性が見えてくる。
廃校の魅力は、単なる「広い空間」だけではない。そこには、地域の人々の記憶が詰まっている。卒業式で涙した体育館、初恋の告白をした音楽室、給食の思い出が残る家庭科室。これらの場所は、地域住民にとって特別な意味を持つ。だからこそ、廃校を活用した施設には、新築の建物にはない温かみと親しみやすさがある。
ある60代の女性は、母校でヨガ教室に通うようになってこう話す。「最初は懐かしさで胸がいっぱいでした。でも今は、この場所に新しい思い出を重ねているんです。孫に『おばあちゃんの学校で今はヨガをやってるの』と話すと、不思議そうな顔をしますが、なんだか時代がつながっている感じがして嬉しいんです」
建物は使われなくなると急速に劣化する。人の出入りがなくなり、換気もされず、小さな不具合も放置される。やがて雨漏りが始まり、カビが生え、床が腐る。取り壊しには多額の費用がかかり、更地にしても使い道は限られる。それなら、まだ使えるうちに、新しい役割を与えてあげる方がいい。建物も、きっとそれを望んでいるはずだ。
第2章:レンタルスペースとして生まれ変わる教室たち
静岡県のとある廃校では、音楽室が週末のライブハウスに変身している。運営者の山田さんは、もともと地元でバンド活動をしていた。練習場所を探していた時、廃校の音楽室の存在を知った。
「防音がしっかりしているんですよ。当たり前といえば当たり前ですが、授業中に音が漏れたら困りますからね。天井も高いし、音響も悪くない。都市部のライブハウスと比べても遜色ないどころか、むしろ音の響きは良いくらいです」
山田さんは最初、仲間内で使うだけのつもりだった。ところが、噂を聞きつけた他のバンドから問い合わせが相次いだ。今では月に10組以上のバンドが利用し、小規模なライブイベントも定期的に開催されるようになった。観客は地元の人だけでなく、SNSで情報を知った都市部からの音楽ファンも訪れる。
理科室は、また違った変身を遂げることが多い。水道設備が整い、実験台という頑丈な作業スペースがある理科室は、アート制作やワークショップに最適だ。岐阜県のある廃校では、理科室が陶芸工房として生まれ変わった。
「焼き物って、結構汚れるんです。普通の貸しスペースだと、床を汚さないか気を使います。でも、ここなら多少土が落ちても、水をこぼしても大丈夫。もともと実験で色々なものをこぼすことを想定して作られていますから」工房を利用する陶芸家の言葉だ。
週に3日はプロの陶芸家が制作に使い、週末は一般向けの陶芸教室が開かれる。参加者の中には、わざわざ名古屋から2時間かけて通ってくる人もいる。都市部の狭い教室では味わえない、ゆったりとした空間で土と向き合う時間が、現代人の心を癒すのだという。
家庭科室の変身ぶりも興味深い。調理設備が整った家庭科室は、料理教室やケータリングの仕込み場所として重宝される。千葉県のある廃校では、地元の農家グループが家庭科室を借りて、農産物の加工品作りを始めた。
「最初はジャム作りから始めました。大鍋がいくつもあって、同時進行で作業ができる。衛生面もしっかりしているし、保健所の許可も取りやすかった」グループのリーダーを務める農家の女性は振り返る。今では、地元野菜を使ったピクルスや、季節の果物のコンフィチュールなど、商品のラインナップも増えた。月に一度開かれる「廃校マルシェ」では、加工品の販売だけでなく、料理教室も開催され、都市部からの参加者で賑わう。
体育館の可能性は、さらに大きい。300人規模のイベントが開催できる空間は、地方では貴重だ。埼玉県のある廃校の体育館は、平日は地元企業の倉庫として、週末はフリーマーケットやコンサート会場として活用されている。
「雨天でも開催できるイベントスペースって、田舎には意外と少ないんです。公民館だと狭いし、大きなホールは使用料が高い。その点、廃校の体育館はちょうどいい。駐車場も広いし、トイレも完備。主催者としては本当に助かります」地域イベントを企画する団体の代表は話す。
図書室は、静かな環境が求められる用途に適している。ある廃校では、図書室がコワーキングスペースとして活用されている。本棚には今も図書が並び、落ち着いた雰囲気の中で仕事ができる。利用者の一人、フリーランスのウェブデザイナーは言う。
「都会のコワーキングスペースは便利だけど、どこか無機質。ここは木の温もりがあって、窓からは山が見える。集中力が違います。月額1万円で使い放題というのも魅力的。都内なら1日分の料金ですから」
こうした廃校レンタルスペースの魅力は、単に安いとか広いということだけではない。そこには、学校という場所が持つ独特の雰囲気、地域とのつながり、そして新しいコミュニティが生まれる可能性がある。都市部の画一的なレンタルスペースでは得られない、その土地ならではの体験ができる。それが、わざわざ時間をかけて訪れる価値となっているのだ。
第3章:運営の現実と工夫
「1日1万円で体育館が借りられます」このフレーズを聞いて、安いと感じるか高いと感じるかは、立場によって異なるだろう。しかし、廃校をレンタルスペースとして運営する側にとって、この価格設定は絶妙なバランスの上に成り立っている。
群馬県で廃校を運営する合同会社の代表、佐藤さんは語る。「最初は、もっと高く設定しようと思ったんです。都市部のイベントスペースの相場を調べたら、1日5万円以上が当たり前でした。でも、うちは都会じゃない。アクセスも良くない。その分、価格で勝負するしかないと考えました」
佐藤さんの施設では、教室が1日5,000円、音楽室が8,000円、体育館が15,000円という価格設定だ。年間の稼働率は約40パーセント。単純計算すると、年商は400万円前後になる。これだけ聞くと、ビジネスとしては小規模に思えるかもしれない。しかし、佐藤さんは続ける。
「確かに、これだけでは食べていけません。でも、うちは他にも収入源があるんです。平日は企業の研修施設として年間契約で貸し出していますし、夏休みには子ども向けのキャンプを主催しています。レンタルスペースは、あくまでも収益の柱の一つという位置づけです」
複数の収益源を持つことは、廃校運営の重要なポイントだ。季節や曜日によって需要が大きく変動するため、単一の事業だけでは安定した経営が難しい。成功している施設の多くは、レンタルスペース事業を軸にしながら、カフェ経営、宿泊事業、イベント企画など、複数の事業を組み合わせている。
福島県のある廃校では、興味深い料金体系を採用している。地元住民は半額、地域のNPOは3割引、子ども向けの活動は無料。一見すると収益を圧迫しそうだが、施設の責任者はこう説明する。
「地域の人に使ってもらえなければ、廃校を活用する意味がありません。地元の人が日常的に使ってくれることで、施設に活気が生まれます。その賑わいが、外から人を呼ぶんです。実際、地元の利用者が口コミで広めてくれて、都市部からの問い合わせが増えました」
口コミの力は、廃校レンタルスペースにとって生命線だ。広告宣伝費をかけられない小規模運営では、利用者の満足度を上げ、自然に情報が広がっていくことが重要になる。そのためには、ただ場所を貸すだけでなく、利用者の活動を応援する姿勢が大切だ。
新潟県のある施設では、利用者の活動をSNSで積極的に紹介している。「今日は陶芸サークルの作品展です」「週末はジャズコンサートを開催」といった投稿を続けることで、フォロワーが3,000人を超えた。投稿を見た人が「私も使ってみたい」と問い合わせてくる好循環が生まれている。
運営コストを抑える工夫も欠かせない。多くの施設では、清掃や簡単な修繕を利用者自身に協力してもらっている。「来た時よりも美しく」の精神で、利用後は必ず掃除をしてもらう。これにより、清掃員を雇うコストが削減できる。また、地域のボランティアの協力も大きい。特に、卒業生や元PTA役員など、学校に愛着を持つ人々が、無償で施設の管理を手伝ってくれることも多い。
維持管理費も無視できない課題だ。電気代、水道代、保険料、固定資産税(自治体から借りている場合は賃料)など、使っていなくてもかかる固定費がある。年間で100万円以上になることも珍しくない。だからこそ、稼働率を上げる努力が必要だ。
ある運営者は、「平日の昼間」という最も借り手が少ない時間帯に、高齢者向けの健康教室を誘致した。参加費は一人500円と安いが、週3回、20人が集まれば、月12万円の収入になる。小さな積み重ねが、経営を支えている。
料金回収も重要な課題だ。都市部のレンタルスペースのようなオンライン決済システムを導入する余裕はない。多くは銀行振込か現金払い。キャンセル規定も緩めに設定せざるを得ない。「2週間前までなら無料でキャンセル可」といった具合だ。厳しくすると、利用のハードルが上がってしまう。
年商400万円という数字は、確かにビジネスとしては小さい。しかし、地域に雇用を生み、交流人口を増やし、建物を維持するための最低限の収益と考えれば、決して悪くない。何より、廃校が朽ちていくのを見守るよりも、たとえ細々とでも活用されている方が、地域にとってははるかに価値がある。
第4章:成功事例が教えてくれること
成功している廃校活用施設には、いくつかの共通点がある。それは決して偶然ではなく、試行錯誤の末に辿り着いた「生き残りの知恵」だ。
秋田県にある「旧東山小学校」は、廃校活用の成功例としてしばしば取り上げられる。ここを運営する鈴木さんは、元々は東京でIT企業に勤めていた。5年前に地域おこし協力隊として赴任し、任期終了後も残って廃校の運営を引き受けた。
「最初の1年は、本当に苦労しました。都会の感覚で『これは受ける』と思って企画したイベントが、ことごとく失敗。参加者が一桁ということもありました」鈴木さんは苦笑いしながら振り返る。
転機となったのは、地域の人々との対話だった。何が求められているのか、どんな場所になってほしいのか。膝を突き合わせて話し合う中で、見えてきたことがあった。
「都会的な洗練されたイベントよりも、地域の日常に寄り添う場所が求められていました。例えば、おばあちゃんたちの手芸サークル、子どもたちの放課後の居場所、農家の人たちの会議室。派手さはないけど、確実にニーズがある。そこから始めることにしたんです」
地域密着の活動を続けるうちに、施設の認知度が上がっていった。そして2年目からは、都市部からの利用も増え始めた。きっかけは、地元の手芸サークルが作った作品を見た都会のバイヤーが、「ワークショップを開いてほしい」と依頼してきたことだった。
「地域の日常」が、都市部の人にとっては「特別な体験」になる。この気づきが、施設の方向性を決定づけた。今では、月に一度の「里山手仕事ワークショップ」に、首都圏から30人以上が参加する。参加費は材料費込みで5,000円。これだけで月15万円の収入になる。
成功のもう一つの鍵は、「餅は餅屋」の精神だ。すべてを自分たちでやろうとせず、得意な人に任せる。旧東山小学校では、カフェスペースは地元の主婦グループに、農産物直売所は農協青年部に、それぞれ運営を委託している。施設側は場所を提供し、全体のコーディネートに専念する。
富山県のある廃校も、独自の成功を収めている。ここの特徴は、「失敗を恐れない」姿勢だ。運営責任者の高橋さんは言う。
「3年間で50以上のイベントや企画を試しました。そのうち定着したのは10個くらい。成功率2割です。でも、それでいいんです。失敗から学ぶことの方が多いし、挑戦し続けることで施設の可能性が広がっていく」
例えば、「廃校でお化け屋敷」という企画は見事に失敗した。準備に手間がかかる割に集客できず、赤字に終わった。しかし、その時に作った暗幕や音響設備が、後に「廃校シネマ」という映画上映会で活用された。こちらは月1回の定期開催となり、固定ファンもついた。
失敗といえば、島根県のある施設の経験も教訓的だ。オープン当初、都市部の企業の合宿所として大々的に売り出した。立派なパンフレットも作り、東京や大阪で営業活動も行った。しかし、問い合わせはあっても成約には至らなかった。
理由を分析すると、「アクセスの悪さ」と「宿泊設備の不備」が大きかった。最寄り駅から車で40分、宿泊するには布団を持ち込む必要がある。これでは、いくら安くても企業研修には使いにくい。
そこで方針を転換し、「日帰りで楽しめる体験型施設」として再出発した。陶芸、木工、そば打ちなど、地域の匠を講師に迎えた体験プログラムを充実させた。すると、観光バスツアーのコースに組み込まれるようになり、年間来場者数は3,000人を超えた。
収益の多様化に成功している例もある。岡山県のある廃校は、レンタルスペース、カフェ、ゲストハウス、シェアオフィスと、4つの事業を展開している。それぞれの収益は小さいが、合わせると年商2,000万円近くになる。
「一つの事業に依存すると、リスクが大きい。コロナ禍でイベントがすべて中止になった時も、シェアオフィスの収入があったから乗り切れました」運営者の言葉は重い。
これらの成功事例から見えてくるのは、画一的な成功方程式などないということだ。地域の特性、建物の状態、運営者の強み、それぞれが異なる中で、試行錯誤しながら自分たちなりの活用方法を見出していく。大切なのは、諦めずに挑戦し続ける姿勢と、地域と共に歩む覚悟だ。
第5章:これから廃校活用を考える人へ
廃校活用に興味を持った人が最初にぶつかる壁は、「どこから始めればいいのか」という問題だ。建物は目の前にある。やりたいことも何となくある。でも、具体的な一歩が踏み出せない。そんな人のために、実践的なアドバイスをまとめてみたい。
まず最初にすべきは、自治体の担当部署との相談だ。廃校の所有者は多くの場合、市町村。教育委員会か、地域振興課、企画政策課といった部署が窓口になることが多い。
「いきなり『廃校を使わせてください』と言っても、相手にしてもらえません。まずは、どんな活用を考えているのか、地域にどんなメリットがあるのか、簡単でいいので企画書にまとめて持っていくといいですね」これは、実際に廃校活用を実現した人のアドバイスだ。
自治体側も、廃校の維持管理には頭を悩ませている。年間の維持費だけで数百万円、解体となれば数千万円から億単位の費用がかかる。だから、真剣に活用を考えている人が現れれば、前向きに検討してくれることが多い。
次に重要なのは、地域住民の理解を得ることだ。廃校とはいえ、地域の人々にとっては大切な場所。勝手に外部の人間が入ってきて好き勝手にされては困る、という感情があるのは当然だ。
石川県で廃校活用を進めた団体の代表は、こんな経験を語る。「最初の住民説明会は、本当に針のむしろでした。『よそ者に何ができる』『また失敗するんじゃないか』厳しい言葉が飛び交いました。でも、めげずに通い続け、地域の行事に参加し、草刈りも手伝いました。半年後には『あんたなら任せられる』と言ってもらえるようになりました」
小さく始めることも大切だ。いきなり全校舎を使おうとすると、改修費用も維持管理も大変になる。まずは、一番状態の良い教室を1つか2つ、最小限の改修で使えるようにする。そこで実績を作り、徐々に規模を拡大していく方が現実的だ。
資金面では、様々な支援制度が用意されている。文部科学省の「みんなの廃校プロジェクト」では、活用事例の紹介や、相談窓口の設置を行っている。農林水産省の「農山漁村振興交付金」、総務省の「地域おこし協力隊」制度なども、廃校活用に使える可能性がある。
また、クラウドファンディングで資金を集める例も増えている。「母校を救いたい」というストーリーは共感を呼びやすく、目標金額を達成するケースが多い。ただし、集めた資金の使途は明確にし、支援者への報告も忘れてはならない。
改修工事は、可能な限りDIYで行うことをお勧めする。コスト削減はもちろん、自分たちの手で作り上げることで、施設への愛着が深まる。また、DIYワークショップとして参加者を募れば、ファンづくりにもつながる。
「ペンキ塗りから始めました。地域の人も、都会から来たボランティアも、みんなで一緒に作業する。それ自体がイベントになり、メディアも取材に来ました」埼玉県のある施設運営者の経験談だ。
運営体制については、最初から法人化する必要はない。任意団体や実行委員会形式で始め、軌道に乗ってきたら一般社団法人やNPO法人、合同会社などを設立すればいい。大切なのは、複数人で運営すること。一人では、どうしても限界がある。
最後に、忘れてはならないのが「撤退ライン」を決めておくことだ。どんなに頑張っても、うまくいかないこともある。「3年やって年間利用者が500人以下なら撤退」「累積赤字が300万円を超えたら見直し」など、具体的な基準を設けておく。これは後ろ向きな話ではない。むしろ、思い切って挑戦するための安全装置だ。
廃校活用は、決して簡単な道のりではない。しかし、地域に必要とされる場所を作り、人々の交流を生み出し、新しい価値を創造できる可能性がある。何より、子どもたちの声が消えた校舎に、再び笑い声を響かせることができる。その喜びは、数字では測れない価値がある。
結び:新しい物語は、あなたの一歩から始まる
夕暮れ時、廃校となった小学校の校庭に立つと、不思議な感覚に包まれる。かつてここで遊んだ子どもたちの歓声が、風の音に混じって聞こえてくるような気がする。でも、それは過去への郷愁だけではない。これから生まれる新しい物語への期待も、そこには含まれている。
全国で年間450校。この数字は、確かに日本の少子化という現実を突きつける。しかし、見方を変えれば、毎年450の可能性が生まれているとも言える。その75パーセントが何らかの形で活用されているという事実は、私たちの社会がまだまだ創造力と実行力を持っていることの証だ。
廃校をレンタルスペースとして活用する。それは、単なる「空き施設の有効利用」ではない。地域の記憶を未来につなぎ、新しいコミュニティを生み出し、都市と地方をつなぐ架け橋となる。1日1万円という手頃な価格で借りられる体育館が、誰かの夢を実現する舞台になる。年商400万円という控えめな数字の裏に、計り知れない地域への貢献がある。
あなたの地域にも、きっと活用を待っている廃校があるはずだ。草むらに埋もれかけた看板、錆びついた門扉の向こうに、まだ十分に使える校舎が眠っている。それを目覚めさせるのは、他でもない、この文章を読んでいるあなたかもしれない。
最初の一歩は小さくていい。教室を一つ借りて、月に一度のヨガ教室から始めてもいい。友人とバンドの練習に使ってもいい。大切なのは、「使い始める」ことだ。使われることで、建物は生き返る。人が集まることで、場所に新しい意味が生まれる。
廃校活用の成功に、魔法の方程式はない。地域性、建物の状態、運営者の情熱、すべてが異なる中で、それぞれの物語を紡いでいくしかない。失敗もあるだろう。思い通りにいかないこともあるだろう。でも、挑戦する価値はある。なぜなら、そこには地域の未来がかかっているから。
校舎の窓から差し込む夕日が、空き教室を黄金色に染める。その光景は、終わりではなく始まりを告げている。子どもたちの学び舎としての役目を終えた建物が、大人たちの新しい学びと創造の場として生まれ変わる。その変身の物語は、今、日本中で静かに、しかし確実に進行している。
あなたの町の廃校も、新しい物語の主人公になる日を待っている。