このブログ記事は、芝本秀徳著『誰も教えてくれない計画するスキル』を参考に、物語形式でプロジェクト計画の実践方法を解説したものです。
前回のあらすじ
山田太郎は、スマートストアの在庫管理改善プロジェクトで、6Rフレームワークを使って真の要求を明らかにした。表面的な「在庫管理システムが欲しい」という要望の裏に、「オムニチャネル時代に対応した統合在庫管理」という真のニーズがあることを発見した。
プロジェクトチャーター作成への挑戦
SOW(要求仕様書)の承認を得た翌週の月曜日。山田は自分のデスクで、プロジェクトチャーターの作成に取り掛かっていた。
「プロジェクトチャーターか...これがプロジェクトの憲法になるんだよな。」
山田は、過去のプロジェクトで痛い目に遭った経験を思い出していた。スコープが曖昧なまま進めた結果、次々と追加要求が発生し、最終的にはプロジェクトが破綻した苦い記憶。
「今回は絶対に同じ失敗はしない。」
最初の壁:目的の言語化
山田は、プロジェクトの目的を書こうとして手が止まった。
「『在庫管理を改善する』...いや、これじゃ曖昧すぎる。」
そんな時、先輩プロジェクトマネージャーの加藤が通りかかった。
「山田君、難しい顔してるね。」
「加藤さん!実は、プロジェクトの目的をどう表現すべきか悩んでいて...」
加藤は山田の画面を覗き込んだ。「なるほど。目的を書くコツはね、『なぜ』と『何のために』を明確にすることだよ。」
「なぜ、何のために...」
「そう。このプロジェクトは『なぜ』必要で、『何のために』実施するのか。それが明確になれば、チーム全員が同じ方向を向ける。」
山田は、改めて考え直した。そして、以下のように書き始めた:
プロジェクトの目的: 「オムニチャネル戦略を推進するスマートストアにおいて、リアルタイムかつ正確な在庫情報を提供する統合在庫管理システムを構築することで、顧客満足度の向上と機会損失の削減を実現し、競争優位性を確立する。」
チーム編成の悩み
目的を定義した山田は、次にプロジェクトチームの編成を考え始めた。社内のリソース状況を確認すると、優秀なエンジニアはみな他のプロジェクトに取られていた。
「これは困ったな...」
そんな時、人事部から内線が入った。
「山田さん、新しいプロジェクトの件で相談があります。実は、若手エンジニアの村上と、中途入社したばかりの分析専門家の李(リー)さんをアサインできますが、いかがでしょうか?」
村上は入社2年目、李は前職でデータサイエンティストをしていたという。経験は浅いが、意欲は高い。
「分かりました。お二人にお会いしてみます。」
意外な発見:多様性の力
翌日、山田は村上と李を会議室に呼んだ。
「はじめまして、村上です!在庫管理システムなんて初めてですが、頑張ります!」村上の目は輝いていた。
「李と申します。前職では小売業のデータ分析をしていました。需要予測なら任せてください。」李は自信に満ちていた。
山田は二人の熱意に驚いた。経験豊富なメンバーを求めていたが、新しい視点を持つメンバーも悪くないかもしれない。
「実は、このプロジェクトは会社にとっても重要な案件で...」山田がプロジェクトの概要を説明し始めると、二人は真剣にメモを取り始めた。
「山田さん、質問があります。」李が手を挙げた。「在庫差異の原因分析はされていますか?データ分析で原因を特定できれば、システム設計に活かせると思います。」
「それは...まだです。」山田は盲点を突かれた。
「僕からも!」村上が続いた。「最新のクラウド技術を使えば、リアルタイム同期も低コストで実現できますよ。」
山田は認識を改めた。経験だけがすべてではない。新しい視点と技術を持つメンバーは、プロジェクトに革新をもたらすかもしれない。
プロジェクトチャーターの詳細設計
チームの顔ぶれが決まり、山田はプロジェクトチャーターの詳細を詰めていった。
プロジェクトの範囲(スコープ)
含まれるもの:
- 関東50店舗の在庫管理システム
- ECサイトとの在庫連携機能
- 需要予測に基づく自動発注機能
- 店舗間在庫移動の最適化機能
- ダッシュボードとレポート機能
含まれないもの:
- 食品カテゴリー(既存システムで運用継続)
- 会計システムとの連携(第2フェーズで検討)
- 全国展開(パイロット成功後に検討)
- サプライヤー直接連携(将来構想)
主要な成果物
山田は、具体的な成果物をリストアップした:
- 統合在庫管理システム
- Webベースの管理画面
- モバイル対応の店舗用アプリ
- APIによる外部連携機能
- 運用ドキュメント
- システム運用マニュアル
- 店舗スタッフ向け操作ガイド
- 管理者向け設定ガイド
- 教育プログラム
- 店舗スタッフ研修カリキュラム
- 管理者研修カリキュラム
- e-ラーニングコンテンツ
制約条件の明確化
「制約条件も明確にしないとな...」山田はスマートストアの田中部長との会話を思い出しながら書き出した:
- 予算:5,000万円(ハードウェア、ソフトウェア、開発費込み)
- 期限:6か月後の10月1日に本番稼働
- 技術的制約:既存POSシステムとの連携必須
- 人的制約:店舗業務に支障を来さない導入方式
前提条件の整理
プロジェクトが成功するための前提条件も重要だ:
- スマートストア側のプロジェクトチームの協力が得られる
- 店舗スタッフの研修時間が確保できる
- 既存システムのAPIドキュメントが提供される
- テスト用の店舗環境が用意される
キックオフミーティングの準備
プロジェクトチャーターの草案が完成した金曜日の夕方、山田はキックオフミーティングの準備を始めた。
「来週の火曜日、いよいよ全員が集まる。ここで方向性を共有できるかが勝負だ。」
山田は、プレゼンテーション資料を作成しながら、参加者一人ひとりの立場を考えた:
- スマートストアの経営層:ROIを気にする
- 現場スタッフ:使いやすさを重視
- IT部門:保守性と拡張性を求める
- 自社の経営層:利益率とリスクに注目
「全員が納得できる説明をしないと...」
運命のキックオフミーティング
火曜日午後2時、スマートストア本社の大会議室。両社の関係者20名が集まった。
「本日は、『スマートストア統合在庫管理システム構築プロジェクト』のキックオフミーティングにお集まりいただき、ありがとうございます。」
山田は緊張しながらも、堂々とプレゼンを始めた。プロジェクトチャーターの内容を一つずつ説明していく。
「ちょっと待ってください。」スマートストアの営業本部長が口を開いた。「6か月は長すぎませんか?競合他社に先を越されてしまう。」
山田は想定していた質問だった。「ご心配はごもっともです。しかし、品質を確保しながら段階的に導入することで、リスクを最小化できます。まず3か月で5店舗での先行導入を行い、早期に効果を実証します。」
「なるほど、段階的導入か。それならいいかもしれない。」
次々と質問が飛んできたが、山田は丁寧に回答していった。村上と李も、技術面での補足説明を的確に行った。
合意形成の瞬間
2時間に及ぶ議論の末、ついに全員の合意が得られた。
スマートストアの社長が立ち上がった。「山田さん、素晴らしいプレゼンテーションでした。このプロジェクトチャーターを正式に承認します。」
拍手が会議室に響いた。山田は安堵と同時に、大きな責任を感じた。
「ありがとうございます。チーム一丸となって、必ず成功させます。」
ゴールイメージの共有
キックオフミーティングの最後に、山田は全員でゴールイメージを共有する時間を設けた。
「皆さん、6か月後の10月1日を想像してください。」
山田は、プロジェクト成功後の世界を描写した:
「店舗スタッフの鈴木さんは、朝の開店準備中、タブレットで在庫を確認します。『今日も在庫データは完璧だ』と安心して接客に集中できます。」
「本部の佐藤課長は、ダッシュボードを見ながら『在庫回転率が20%も向上した!』と喜んでいます。」
「そして、お客様は『スマートストアは、いつ行っても欲しい商品がある』と信頼を寄せてくださっています。」
参加者全員が、成功のイメージを共有した瞬間だった。
第2章のまとめ:プロジェクト定義の教訓
キックオフミーティングを終えた山田は、チームメンバーと軽く祝杯を挙げた。
「山田さん、今日は勉強になりました!」村上が興奮気味に言った。
「プロジェクトチャーターって、本当に重要なんですね。」李も同意した。
山田は、今回の経験から得た教訓を二人に共有した:
教訓1:目的は「なぜ」と「何のために」を明確に 単に「何をするか」ではなく、その背景と意義を示すことが重要。
教訓2:チームの多様性を活かす 経験豊富なメンバーだけでなく、新しい視点を持つメンバーも価値がある。
教訓3:制約条件を味方につける 制約は創造性を生む。限られた条件下でのベストを追求する。
教訓4:全員が同じゴールを見る 文書だけでなく、ビジュアルやストーリーでゴールイメージを共有する。
「さあ、次はWBSの作成だ。何を作るのか、具体的に定義していこう。」
山田たちのプロジェクトは、確実な一歩を踏み出した。
読者の皆様へ
第2章では、プロジェクトチャーターの作成とキックオフミーティングの様子をお届けしました。プロジェクトの憲法とも言えるチャーターの重要性を、実際の場面を通じて感じていただけたでしょうか。
次回の第3章では、WBS(作業分解構造)を作成し、具体的な成果物を定義していく様子をお届けします。山田たちはどのようにして複雑なシステムを構造化していくのか、お楽しみに!
実践のヒント:
- プロジェクトチャーターは一人で作らず、関係者の意見を反映させましょう
- 制約条件は明確に文書化し、後の言った言わないを防ぎましょう
- キックオフミーティングは単なる顔合わせではなく、合意形成の場です
- ゴールイメージは全員で共有し、モチベーションを高めましょう