「農業」と聞くと、広大な土地と早朝からの重労働というイメージを持つ人が多いかもしれません。
でも、今は少しずつ変わってきています。
週末だけ、あるいは平日のすきま時間に取り組める“都市型農業”が注目を集めています。
副業を始めたいけど何をしていいかわからない、自分の手で何かを育てたい、社会貢献や自然とのつながりを感じたい。
そんな想いを満たしてくれる選択肢として、「週末農業ビジネス」は、いま静かに広がっています。
海外事例:オーストラリアの都市型農業から学ぶ
オーストラリアの都市型農業の代表的な事例として、Millen FarmとCERES Community Environment Parkの物語を紹介します。
これらの事例は、挑戦と困難を乗り越え、持続可能な農業とコミュニティの形成に成功した実例です。
Millen Farm(ミレン・ファーム)の物語
— 挫折と再生、地域と育てた都市農園
理想と現実のギャップ
オーストラリア・クイーンズランド州の郊外に位置するサンプフォード。
緑と丘に囲まれたこの地域の一角に、かつて放置されたままの土地がありました。
そこは、かつてCSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)が牛の研究を行っていた施設跡地。
建物は老朽化し、土地は手つかずのまま、静かに風にさらされていました。
その土地に目を留めたのが、地元の起業家であり活動家でもあるアラン・ハイデマン(Arran Heideman)氏。
彼の心に芽生えたのは、ひとつの夢でした。
「この土地を、都市と自然が共生する学びと交流の場にしたい」
ハイデマン氏は、単なる農地再生ではなく、教育・地域連携・持続可能性をすべて織り込んだ“生きた農場”の構築を目指し、「Millen Farm」プロジェクトを立ち上げます。
しかし、最初の一歩は困難の連続でした。
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古くて傷んだ施設の再整備
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再生にかかる資金の不足
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農業に対する地元住民の関心や協力を得るまでの時間
「農業なんて、もうからない」
「週末にボランティアする人なんているの?」
という声もありました。
それでも彼は、人と自然をつなぐ“希望の畑”を信じて、少しずつ、草を刈り、畝をつくり、土を耕していきました。
挫折:自然と社会、二重の試練
軌道に乗りかけたその矢先、大きな壁が立ちはだかります。
まず襲ったのは干ばつ。
オーストラリアでは珍しくない現象ですが、せっかく育ち始めた野菜や果物は、じりじりと太陽に焼かれ、しおれていきました。
ようやく水源を確保し始めた頃には、今度は集中豪雨による洪水。
せっかく整備した畑の土壌が流れ、作物も設備も被害を受けてしまいます。
加えて、2020年に世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミック。
地域の支援活動やボランティアの受け入れがすべてストップ。
教育プログラムや見学ツアーも中止になり、農場は一気に静まり返りました。
作業する人がいなくなった畑には雑草が広がり、かつて活気にあふれていた空間は、再び“使われない場所”へと逆戻りしてしまったのです。
「こんなにもろいのか、と思いました。でも、それでも…あきらめきれなかった」
再生:人とのつながりが未来を耕す
アラン氏は、一度立ち止まって考えました。
「自分たちだけでやろうとしたのが間違いだったのではないか」と。
彼が次に選んだのは、“地域との再接続”。
地元の学校、自治体、住民団体と改めて対話を重ね、「一緒に育てる農場」を再構築していきます。
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小学生向けの食育プログラム
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環境教育を組み込んだ体験型ワークショップ
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高齢者の憩いの場としてのガーデン作業体験
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地元カフェとの直販提携
また、農法にも転機がありました。
持続可能な農業を目指し、パーマカルチャー(自然と共存する循環型の農法)を採用。
化学肥料に頼らず、コンポストや雨水利用など、無理のない農業スタイルに切り替えたことで、農場の運営は一段と安定していきます。
地域の「食」と「学び」の交差点へ
今、Millen Farmは単なる農場ではありません。
週末になると親子連れが収穫体験に訪れ、平日は学生たちが土に触れ、自然から学ぶ場になっています。
収穫された野菜は地域の飲食店に並び、コミュニティの食卓を彩ります。
「ここには、地域の未来がある」
そう語るのは、プロジェクトに初期から関わる住民のひとり。
Millen Farmは、農業 × 教育 × 地域連携というかつてのビジョンを、今まさに“形”にしています。
📝 参照元:
CERES Community Environment Park(シリーズ・コミュニティ環境パーク)の物語
— 廃棄物処理場から、持続可能な楽園へ
ゴミの山に希望の芽を植える
1982年、オーストラリア・メルボルンのブランズウィック・イースト。
そこには、誰もが目を背けたくなるような風景が広がっていました。
――産業廃棄物が不法投棄され、荒れ果てた土地。
草も生えず、かつての自然の面影は微塵もない場所。
しかし、そんな土地を見て、「ここを、子どもたちが自然と触れ合いながら学べる場所にしたい」と声を上げた人々がいました。
彼らは環境活動家でも政治家でもありません。
地域に暮らす普通の住民たちでした。
「ゴミの山を、学びの場に変える」
――それは一見、無謀な挑戦にも見えましたが、仲間を募りながら、少しずつ、その夢は形になっていきました。
彼らが立ち上げたのが、CERES(Centre for Education and Research in Environmental Strategies)です。
資金と行政という越えがたい壁
とはいえ、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
活動を始めた当初、最大の課題は資金不足。
農業や教育の設備を整えるには莫大な費用が必要でしたが、行政からの補助は限定的で、支援者もわずか。
多くの市民団体と同様、継続的な運営には大きな不安がつきまといました。
加えて、かつての埋立地を再生可能な「教育パーク」として転用するには、行政手続きや規制のクリアも必要でした。
「本当に実現できるのか?」「自然は戻ってくるのか?」という疑念や批判の声も少なくなかったといいます。
さらに、最も重要な“地域住民の理解”を得るまでにも時間がかかりました。
「うるさい子どもが集まるのでは?」「またゴミが増えるのでは?」といった懸念の声もあり、信頼を築くには長い年月と対話が必要でした。
50万人を惹きつける「都市の楽園」へ
それでも彼らはあきらめませんでした。
少しずつ整備を進め、地域の学校や団体と協力して環境教育プログラムを開始。
再生可能エネルギーの導入やオーガニックファームの整備、リサイクルマーケットの開催など、多角的な取り組みが功を奏します。
気がつけば、その場所には土のにおいと子どもたちの笑顔が広がっていました。
現在、CERESには年間約50万人が訪れ、環境学習や農業体験、エコ製品の購入などを楽しんでいます。
施設には以下のような多彩なプログラムが用意されています:
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🌿 オーガニック野菜の直売や自家栽培体験
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☕ 地元の食材を使ったカフェとレストラン
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🛍 サステナブル雑貨のエコマーケット
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🏫 幼稚園〜高校生まで対応する環境学習カリキュラム
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☀ 太陽光発電やコンポストシステムを活用した施設運営
そして何より、この施設はただの「農園」や「学校」ではありません。
地域のつながりや、次世代へのメッセージを育てる場でもあります。
「ゴミの山だったこの場所が、今ではメルボルンの“心のオアシス”になった」
と語るのは、創設メンバーの1人。数十年にわたる努力が、都市の真ん中に“自然と共生する暮らし”を根付かせたのです。
📝 参照元:
日本の都市圏でもできる「週末農業」ビジネスモデル
— 忙しい都会人こそ、土にふれる時間を。
「農業」と聞くと、地方移住やフルタイムの専業農家を想像するかもしれません。
でも、そんな“オール・オア・ナッシング”の発想を手放せば、都市に住みながらでも、小さく農を始める方法はたくさんあります。
ここでは、日本の都市圏で可能な“週末農業”のビジネスモデルを3つの切り口からご紹介します。
🌿屋上・空き地を活用した「サブスク農園モデル」
– 忙しくても、“自分の畑”を持つ感覚を。
▶︎ モデル概要:
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都市部のビル屋上、マンションの共用スペース、遊休地を使って小さな菜園を運営
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オーナー(運営者)が日々の管理を担い、利用者は「区画オーナー」として収穫を体験
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野菜は定期的に配送、または現地収穫も選択可能
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月額3,000〜8,000円のサブスクリプション料金制
▶︎ 体験のイメージ:
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金曜日の夕方、「今週のわが家の野菜便」が自宅に届く。ラベルには「〇〇さんの区画で今週採れた野菜」と書かれている。
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土曜日には、子どもと一緒に現地を訪れ、「人参を抜く感覚」に歓声をあげる。
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日曜の夜には、自分たちの野菜で料理をして食卓を囲む。
▶︎ 都市住民が「農に関わる喜び」を感じられる設計がカギ。自分で育てなくても“関われる”ことでファン化します。
🧑🌾 都市農園×ワークショップ運営
– 教育・癒し・地域交流。体験を売る農ビジネス。
▶︎ モデル概要:
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シェア型農園や地域コミュニティ農園で、農作業体験・収穫体験をイベント化
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対象は親子連れ・シニア層・企業のCSR活動など
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ワークショップ内容:苗植え体験、土づくり講座、季節の野菜収穫、味噌づくり etc.
▶︎ イベント例:
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「ベビーリーフを種から育てる1ヶ月講座」:自宅でも育てられるセット付き
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「自然とふれあう休日:ジャガイモ収穫&石焼き体験」:収穫後にその場で調理して味わう
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「親子で学ぶ“食育農園DAY”」:昆虫観察、コンポスト作り、収穫体験のセットイベント
▶︎ 利用者は“野菜を買う”のではなく、“体験を買う”。結果的に農への理解や共感が深まり、継続的な関わりが生まれます。
🍅 直販・コラボモデル(飲食店/マルシェ/D2C)
– 小規模でも売れる、“物語のある野菜”を。
▶︎ モデル概要:
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都市近郊で育てた野菜を、近くのカフェやレストランに直販
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「顔の見える生産者」としてSNSやマルシェで定期販売も
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小ロットでも“ストーリー性”で差別化できる
▶︎ 活用事例:
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地元のカフェと連携し、「ミニトマト畑オーナープラン」を展開。育てたトマトを使った週末限定サラダメニューを開発。
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Instagramで栽培の様子を発信。
「農園の裏側」が見えることでファンが増加。 -
都市型D2Cモデルとして「家庭菜園スタートキット+旬の野菜便」などを販売。
▶︎ 単なる「商品」ではなく、“誰がどう育てたか”を伝えることで、販売単価とブランド価値を高めることが可能です。
✅ 補足:小さく始めるなら…
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市民農園のレンタル区画(月1,000〜3,000円)を活用する
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自宅ベランダでプランター栽培から始める
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家庭菜園×YouTubeで「育てる×発信する」副業モデルにする
🌱 暮らしに、ちいさな“農”のある人生を。
「週末農業ビジネス」は、地方移住しなくても、フルタイム農家でなくても始められます。
そしてそれは、収益だけでなく、人とのつながりや、食の安心感、子どもとの思い出――
さまざまな“価値”をもたらしてくれる、あたらしいライフスタイルの提案でもあります。
大きな一歩は必要ありません。
まずは小さく「育ててみる」「関わってみる」ところから。
あなたの街にも、“ちいさな畑のある暮らし”が芽吹くかもしれません。
ビジネスとして始める際の法的ポイント【日本】
—「ちょっとやってみる」前に、知っておきたいルールと制度。
「都市で農業を始めたい」「野菜を育てて売ってみたい」と思っても、いきなり自由に始められるわけではありません。
農業には特有の法律のルールや土地の規制があります。
ここでは、週末農業ビジネスを始める前に知っておくべき法的ポイントを4つの視点で解説します。
📜 農地のルールはとても厳しい:「農地法」の壁
❓ポイント:
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農地は簡単に買えない・借りられない
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使用目的の変更(駐車場や建物にするなど)にも行政の許可が必要
🔍 理由:
農地は国の食料供給を支える基盤のため、守られるべき「特別な土地」として扱われます。
個人や企業が農地を購入・転用するには、農業委員会の許可が必要です。
▶ つまり、「空き地があるから貸してもらって野菜育てよう」といった動きができるのは原則として“農地以外”の土地になります。
都市型農業では「非農地」での活動(屋上、空き地、貸し農園など)から始めるのが現実的です。
🏢 2. 収益化するなら事業登録や税務手続きが必要
❓どんな場合が対象?
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野菜やハーブを有料で販売する(例:飲食店への直販、イベント出店)
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体験教室やワークショップで参加費をもらう
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野菜付きのサブスク商品を販売する
▶ こうした活動は「趣味」ではなく“事業”とみなされ、個人事業主登録(開業届の提出)や確定申告が必要になります。
✅ 開業のステップ(簡易版):
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税務署に「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出
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必要に応じて「青色申告承認申請書」も提出(節税メリットあり)
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売上に応じて所得税・住民税・事業税などを納税
※収入が20万円を超えると、副業でも申告義務が発生します。
🏘 3. 活動する場所によっては「用途地域」や「建築制限」も確認を
例えば、都市計画区域内の住宅地で畑を作ったり、農業イベントを開催したりするときには、その土地が属する「用途地域」によっては制限がかかることがあります。
❗具体例:
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第一種住居地域では営利目的の販売や人の集まりが禁止されていることも
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屋上農園を不特定多数に開放する場合、建築基準法や安全基準にも注意
▶ 必ず自治体の都市計画課や建築指導課などに相談し、可能かどうかを確認しましょう。
💼 4. 本格的に広げたいなら「法人化」や「認定農業者」も視野に
週末農業を軌道に乗せて、ビジネスとして本格的に展開したい場合は、以下の制度が活用できます。
✅ 法人化(合同会社や株式会社):
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複数人で運営する場合や雇用を増やす場合にメリット大
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補助金・融資制度を受けやすくなる(例:日本政策金融公庫の農業融資)
✅ 認定農業者制度(農業経営基盤強化促進法):
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計画的に農業を営むことを宣言し、自治体の認定を受けた個人・法人
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補助金、税制優遇、技術支援などの対象になる
📌はじめは「非農地・小規模・副業枠」から
都市型の週末農業は、「非農地」での少量生産+サービス型の副業モデルからスタートするのが現実的で安心です。
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市民農園やベランダ菜園 → 制約が少なく始めやすい
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ワークショップや体験型農園 → 法律のハードルが比較的低い
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本格的に売上を上げたい → 個人事業主登録、ゆくゆくは法人化を検討
法律や制度に不安がある方は、地域の農業委員会や自治体の農政課に相談するのがベストです。
親身になってアドバイスしてくれるところが多く、補助金や空き地の情報なども得られます。
まとめ:小さく始める、“農のある暮らし”という選択
「農業」と聞くと、広大な田畑やフルタイムの仕事を思い浮かべがちですが、いま求められているのはもっと身近で柔軟な“農のかたち”です。
オーストラリアで育まれたMillen FarmやCERESのような都市型農業の事例は、自然と人がつながり、学び、支え合う場としての可能性を私たちに教えてくれます。
そしてそれは、日本の都市圏でも十分に実現可能です。
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ビルの屋上や空き地を活かして
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地元の人とイベントや販売でつながって
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子どもたちに自然とのふれあいを届けながら
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少しずつビジネスとしても広げていく
週末農業は、「もうひとつの暮らし方」であり、「小さな起業のヒント」でもあります。
大切なのは、完璧に始めることではなく、まず“関わってみる”こと。
土に触れる時間は、自分自身の心も耕してくれるはずです。
あなたの街にも、あなたの手から、ちいさな“農”が芽吹いていくかもしれません。