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失敗から学ぶ海外起業家のピボット実例集|Instagram・Slackの成功事例分析

【編集部注】本記事は、Instagram、Slack等の実在する企業と起業家の実話に基づいていますが、読みやすさと物語性を重視するため、公開されているインタビューや記事をもとに会話や情景を再構成し、一部創作的な表現で補完しています。核となる事実(ピボットの経緯、時期、結果等)は実際の出来事ですが、細部の描写には脚色が含まれることをご了承ください。


二〇一二年十一月のある朝、スチュワート・バターフィールドは疲れ果てていた。三年半の歳月と一千七百万ドル以上の資金を注ぎ込んだオンラインゲーム「Glitch」は、どうあがいても成功しなかった。彼は四十人のチームメンバーを前に、震える声でこう告げた。「これは最悪の日だ。本当にごめん」

その日、バターフィールドはゲームの閉鎖を決断した。だが、驚くべきことに、そのわずか七十二時間後、彼は同じチームに全く異なる提案をしていた。「チーム全員のコミュニケーションを一箇所に集約し、同期させ、検索可能にする」そのツールの名はSlackだった。

二〇二一年、SalesforceはSlackを二百七十七億ドルで買収した。ゲームの失敗から、史上最速で成長したエンタープライズソフトウェア企業が誕生したのだ。

失敗の中に隠された「真実のシグナル」

バターフィールドの物語は特異だろうか。実は、そうでもない。Instagram、YouTube、Twitter、PayPal——私たちが日常的に使うこれらのプラットフォームは、すべて当初の構想とは全く異なる姿で世に出た。起業家たちは皆、失敗の瓦礫の中から、誰も気づかなかった「真実」を掘り当てたのだ。

ピボットとは単なる「方向転換」ではない。それは「学習の結晶化」だ。市場との対話を通じて、自分の思い込みを削ぎ落とし、顧客が本当に求めているものの本質を抽出するプロセスなのである。

メキシコの浜辺で生まれた十億ドルのひらめき

ケビン・シストロムは、自分が作ったアプリ「Burbn」に悩んでいた。位置情報ベースのチェックインアプリとして設計したそれは、百人のユーザーで頭打ちになっていた。機能は豊富だった。しかし複雑すぎて、バーで初対面の人に説明しても、誰も理解してくれなかった。

二〇一〇年、メキシコでの休暇中のことだ。彼の恋人(現在の妻)ニコールがこう言った。「私、写真を投稿したくない。みんなみたいにきれいに撮れないもの」

シストロムは答えた。「それは、みんながフィルターアプリを使ってるからだよ」

彼女は即座に返した。「じゃあ、あなたもフィルターをつけたら?」

その日のうちに、シストロムはラップトップを開き、最初のフィルター「X-Pro II」を作った。そして気づいたのだ。Burbnで人々が本当に使っていたのは、チェックイン機能ではなく、写真共有機能だったことに。

共同創業者のマイク・クリーガーと共に、彼は大胆な決断を下した。Burbnからチェックイン、ポイント制度、プラン機能——すべての機能を削除した。残したのは、写真を撮り、フィルターをかけ、投稿し、「いいね」とコメントができる、たった四つの機能だけだった。

アプリの名前をInstagramに変更し、二〇一〇年十月六日にリリースした。初日で二万五千回ダウンロードされた。一週間で十万回。一年後には一千万ユーザーに達した。二〇一二年四月、Facebookは十三人の従業員しかいないこの会社を十億ドルで買収した。

シストロムの天才性は、「足し算」ではなく「引き算」にあった。彼は、ユーザーが実際にどう行動しているかを観察し、本質だけを抽出した。彼自身がBurbnを使うとき、チェックイン場所よりも写真を見ることに興味があったことに気づいていた。自分の行動パターンこそが、最初のシグナルだったのだ。

二度目のゲーム失敗が生んだ二度目の奇跡

バターフィールドの話に戻ろう。実は彼のピボットは、Slackが初めてではなかった。

二〇〇二年、彼は最初のオンラインゲーム「Game Neverending」を作った。それは社会的インタラクションを重視した革新的なゲームだった。しかしドットコムバブルが崩壊した直後で、「ゲーム」のような「frivolous(軽薄な)」ものには誰も資金を出さなかった。

追い詰められた彼は、チームメンバーとの投票を呼びかけた。「ゲームを続けるか、それともゲームに付属していた写真共有機能を独立させるか」最初の投票では、ゲーム継続派が勝った。しかし翌日、バターフィールドは現実的な説明を重ねた。「僕らはみんなゲーム作りが大好きだ。でも現実は、このまま続ければお金が底をつく」

二度目の投票で、写真共有派が勝利した。こうして生まれたのがFlickrだ。二〇〇五年、YahooがFlickrを買収した。バターフィールドは、ゲームの夢を諦めきれなかった。

二〇〇九年、彼は再びゲーム作りに挑んだ。今度は技術も洗練され、資金も潤沢だった。Glitchは、前作よりはるかに完成度の高い、ウィットに富んだ協力型ゲームだった。しかし致命的な問題が二つあった。FlashベースのゲームはiPhoneで動かず、そしてユーザーは二日でゲームをクリアしてしまい、戻ってこなかった。

十八ヶ月間、バターフィールドは必死にもがいた。「次の機能を追加すれば、次の調整をすれば、きっと救われる」そう信じていた。しかし救いは訪れなかった。

残金は六百万ドル。彼は投資家のベン・ホロウィッツに電話した。「正直に言う。進捗はゼロだ。これ以上資金調達できない。でも、一つアイデアがある」

Glitch開発中、チームは既存のコミュニケーションツールに満足できず、独自のチャットシステムを作っていた。毎日使っているうちに、バターフィールドは気づいた。一日八箱のタバコを吸いながら、ソフトウェア開発のあらゆる非効率と格闘する中で、彼は「秘密」を発見したのだ。どこに無駄があり、何が開発者を苦しめているのかを。

「エンタープライズソフトウェアに転向したい」とバターフィールドは言った。

ホロウィッツは答えた。「六百万ドルは俺の人生を変える金額じゃない。本当にいいアイデアだと思うなら、やってみろ」

Slackは二〇一四年二月に一般公開された。最初の一週間で十六万人のユーザーが登録した。広告は一切打っていなかった。週ごとに五〜十パーセントずつ成長し続けた。

バターフィールドの物語が教えてくれるのは、「失敗の深さ」が「学びの深さ」に直結するということだ。彼は苦しみの中で、誰も気づいていない非効率を体感した。その体験こそが、Slackという解決策を生み出す土壌となった。

データと直感のあいだ——ピボットの「タイミング」

ピボットには、冷徹なデータ分析と、鋭い直感の両方が必要だ。

シストロムとクリーガーは、Burbnのユーザーデータを詳細に分析した。人々がどの機能を使い、どの機能を無視しているか。数字は明確だった。写真共有機能の使用率が突出していた。

しかし数字だけではない。シストロム自身が「ユーザー心理学者」として振る舞った。彼は人々の表情を見た。Burbnを説明したとき、相手の目が曇るのを感じた。複雑すぎて、心に響かなかったのだ。一方、写真を見せたとき、人々は興味を示した。

バターフィールドもまた、十八ヶ月という長い時間をかけて、あらゆる可能性を試した。新機能、改良されたユーザー体験、招待キャンペーン——すべてを試し、すべてが効かなかったからこそ、彼はピボットの決断ができた。もし六ヶ月で諦めていたら、「もう少し頑張れば」という後悔が残っただろう。十八ヶ月の格闘があったからこそ、迷いなく次に進めた。

タイミングを見極める鍵は、「早期警告サイン」への感度だ。売上の停滞、顧客獲得コストの上昇、チームメンバーの疲弊——これらは六ヶ月から二年かけて徐々に現れる。最初のシグナルを見逃さず、しかし性急に判断せず、十分にデータを集める。そのバランスこそが、成功するピボットの条件なのだ。

ピボットを阻む「心の罠」

では、なぜ多くの起業家がピボットをためらうのか。

ある創業者はこう書いている。「ピボットは『重大な決断ではない』と投資家は言う。しかし、それは創業者の心理を理解していない。ピボットは個人的で、深く痛みを伴うものだ。なぜなら、私たちは自分の命を製品に注ぎ込んでいるからだ」

映画『ロード・オブ・ザ・リング』で、ガラドリエルはサウロンが「残虐性、悪意、そしてすべての生命を支配する意志」を指輪に注ぎ込んだと語る。創業者もまた、自分の情熱、ビジョン、アイデンティティを製品に注ぎ込む。だからこそ、それを手放すことは、自分の一部を殺すような痛みなのだ。

サンクコスト——すでに投じた時間、資金、労力——への執着も強力な罠だ。「ここまでやったのだから」という思いが、冷静な判断を曇らせる。

さらに厄介なのが、創業者のアイデンティティとの葛藤だ。「私は○○を作る人間だ」という自己定義が、方向転換を阻む。バターフィールドは二度、自分を「ゲームクリエイター」から「コミュニケーションツール開発者」へと再定義しなければならなかった。

ある創業者は振り返って言う。「もっと早くピボットすべきだったと後悔している。最初のピボットでは、当初のビジョンから離れすぎることを恐れた。二度目のピボットは一年遅かった。もし十二〜十八ヶ月早く動いていたら、結果は全く違っていただろう」

彼が学んだ教訓は何か。「自分を止めているのは、エゴだ」ということだった。本当に顧客に奉仕したいなら、自分のアイデアへの執着を手放さなければならない。

日本の起業家への示唆——「失敗の文化」を自分の中に育てる

「失敗は恥」という文化の中で、ピボットはさらに難しい決断となる。日本では、方向転換を「約束を破ること」「信念が足りないこと」と見なす風潮がある。

しかし考えてみてほしい。シリコンバレーでも、ピボットは簡単ではなかった。バターフィールドがチームに閉鎖を伝えたとき、「Pfft、幸運を祈るよ」という冷ややかな反応があった。多くの人が懐疑的だった。それでも彼は前に進んだ。

文化的な違いを嘆くのではなく、自分の中に「学習する組織」を作ることだ。具体的には、以下のような実践が有効だろう。

最初から「仮説」として語る癖をつける。「私たちはこう信じている」ではなく、「この仮説を検証している」と表現する。言葉を変えるだけで、方向転換への心理的ハードルが下がる。

定期的に「振り返り」の時間を設ける。月に一度、「何がうまくいき、何がうまくいかなかったか」「ユーザーの行動から何を学んだか」を冷静に見つめる。これを習慣化すれば、ピボットは突然の決断ではなく、自然な進化の一部となる。

小さなピボットを繰り返す。いきなり全てを変えるのではなく、機能を一つ削る、ターゲット顧客を少し絞る——そうした小さな調整を重ねる。シストロムとクリーガーは、わずか八週間でInstagramを作り上げた。それができたのは、Burbnですでに多くの実験を重ねていたからだ。

そして最も大切なのは、「顧客の声を聞く」姿勢だ。シストロムはこう語っている。「人々が何を愛しているかをフォローしよう。ユーザー心理学者のように振る舞い、彼らが何に注目し、何を無視しているかを観察する。彼らの行動が示唆していることをすれば、良いことが起きる」

データを見る。しかしデータだけでなく、人々の表情、言葉の端々、使い方の癖——そうした「生の声」にこそ、真実が隠れている。

学び方を学ぶ

ピボットとは、失敗を認めることではない。それは、学び方を学ぶことだ。

市場は常に動いている。顧客のニーズも変化する。技術も進化する。その中で、自分の信念に固執することは、学びを拒否することに等しい。

シストロムとバターフィールドに共通するのは、「聴く力」と「手放す勇気」だ。彼らは自分のビジョンを持っていた。しかし同時に、現実が示すシグナルに敏感だった。そして必要なときには、愛着ある製品の機能を削除し、時には製品そのものを捨てる決断ができた。

あなたが今、行き詰まりを感じているなら、それは失敗ではない。それは「学習のチャンス」だ。ユーザーは今、何を使っているか。何を使っていないか。あなた自身は、自分の製品のどこに本当に興奮しているか。

その答えの中に、次の一手が隠れている。

ピボットは、弱さの表れではない。それは強さだ。自分の思い込みを疑い、現実から学び、より良い解決策へと進化する——その勇気こそが、偉大な企業を作る。明日、あなたの製品を見つめ直してみてほしい。削るべき機能はないか。本当に大切な一つの価値は何か。その答えが、次の十億ドル企業への第一歩かもしれない。

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