前回のあらすじ前回は巻島社長へのヒアリングを通じて、「変わらないもの」の言語化に成功した。経営理念の3本柱(ものづくりの品質で信頼をつくる/お客様との約束を必ず守る/社員一人ひとりを大切にし成長できる会社をつくる)と、コアコンピタンスの3層構造(第1層:NOと言わない姿勢/第2層:きめ細かい現場対応力/第3層:特定顧客向けの一貫生産体制)を整理した。次のステップは「変わっていくもの」の分析と、現場責任者・鋳型剛さんへのヒアリング。今回はいよいよその両方に挑む。▶ 前回の記事はこちら
シーン①|「変わらないもの」の次は「変わっていくもの」――分析の全体像
前回のヒアリングノートを広げながら、組立拓海(タクさん)は自席でのんびりコーヒーをすすっていた。
これ、社長だけに聞いてもアカン気がする。
もっと広い情報が要るんちゃうか
仕上ひかり(ヒカリちゃん)はすでにノートPCを開いて、参考書のページを指でなぞっていた。
『変わっていくもの』というのは、事業環境の変化と、それに対応するための経営戦略、そこから導かれる人的資本の課題のことです。
まず事業環境を整理して、それから現場の声を聞くのが筋だと思います
ほな、まず事業環境の分析からいこか
俺、前の部署のこと、わりと忘れてるわ
結局、ヒカリちゃんが総務から5年分の売上データを取り寄せ、二人は会議室のホワイトボードの前に立った。
シーン②|売上の7割が"一社"に集中――事業環境分析で見えた構造的リスク
データを並べるほどに、タクさんの表情が変わっていった。
丸駒重工とその関連会社への売上、合計したら全体の約7割やんか
グループ全体でみると、実質的に丸駒重工一社で成り立っていると言ってもいい構造です
一社の業績が傾いたり、発注方針が変わったりしたら、ネジマキ精工そのものが揺れる。
ありがたい取引先ではあるんやけど、依存度が高すぎる
ホワイトボードに「丸駒重工依存70%」と書いてから、タクさんは赤いマーカーで大きく囲んだ。
続けてデータを眺めると、課題はそれだけではなかった。現場作業者の採用は慢性的に充足できていない。求人を出しても応募が少なく、入社してもすぐ辞める。ベテランの高齢化も進んでいる。さらに業務のほとんどが紙とアナログ。システム導入はほぼ手つかずだ。
"変わっていくもの"っていうか、"変わらなあかんのに変われてないもの"やな、これ」
でもそこが大事なんです。
『変わっていくもの』を正直に見ることで、自社が対応できていない領域が明確になる。
目を背けてきた課題を直視する作業です
タクさんはしばらく黙って、ホワイトボードを見つめた。
シーン③|事業環境→経営戦略→人的資本課題――悪循環の構造に気づく瞬間
本のフレームワークでは、事業環境の変化を受けて経営戦略の方向性を決め、その戦略を実現するために必要な人的資本の課題を導き出します
ヒカリちゃんがホワイトボードに書き始めた。タクさんがそれを手伝いながら、図が完成していく。
【事業環境の変化】
├ 売上の約70%が丸駒重工グループへ集中(依存リスク)
├ 現場作業者の採用難・ベテランの高齢化
├ DX・デジタル化への対応の遅れ
└ 若手の早期離職・育成の仕組みの不在
↓
【経営戦略の方向性】
├ 新規顧客・新領域の開拓(依存度の低減)
├ DX推進による業務効率化・品質向上
└ 人材の定着と育成の仕組みづくり
↓
【人的資本の課題】
├ 課題1:定着(等級制度・評価制度・キャリアパスの整備)
├ 課題2:現場力の維持・強化(技能伝承・多能工化・品質管理力)
├ 課題3:新領域を開拓できる人材の育成(提案力・営業力)
└ 課題4:DX人材の確保・育成(システム導入・データ活用)
タクさんが図を眺めながら、腕を組んだ。
繋げて考えると、えらいことになるで。
顧客依存を下げるには新規開拓が要る。
でも新規開拓できる人材がいない。
人材を育てる仕組みもない。
だから人が辞める。
人が辞めるから現場が回らない。
現場が回らないから丸駒重工の仕事しかこなせない。
だからますます依存度が下がらない……悪循環やんけ
そしてこの循環を断ち切るために人事施策が必要になる。
研修体系やスキルマップは、その循環を止める"くさび"になるものです。
それが私たちの仕事です
タクさんはペンをキャップに戻して、深く息を吐いた。
でも違うんやな。
会社の生き死にに関わる話やったんや
シーン④|鋳型剛、登場――現場と人事の間にある壁
午後、二人は製造現場へ向かった。工場の奥、大型加工機が並ぶエリアの端に、鋳型剛(いがた ごう)はいた。
年齢は50代半ば。ごつい手、油で少しくすんだ作業着、額の深い皺。「現場の番人」という言葉がそのまま人間になったような雰囲気だ。タクさんとヒカリちゃんを見た瞬間、明らかに表情が曇った。
「……人事が現場に何の用や。今日は検査のやり直しが3件入っとる。忙しいんじゃ」
ヒカリちゃんが口を開こうとするより早く、タクさんが一歩前に出た。
無茶な納期、無理な仕様変更、客先からのギリギリの依頼……いつも間に合わせてくれた。
あの時のごうさんがいなかったら、俺の営業成績はゼロどころかマイナスですよ。
それだけは、忘れたことありません
沈黙が落ちた。ごうさんは腕を組んだまま、視線をタクさんからホワイトボードへ、また戻した。
低い声だったが、さっきまでの突き放すトーンとは少し違った。
ごうさんはしばらく黙ってから、短く言った。
去年も3人入って、半年で全員おらんくなった
それに……教える余裕がない。
俺らも毎日の仕事で手一杯や。
丁寧に育ててやりたくても、現場がそれを許さない
ごうさんの口調は相変わらず短く刻まれていたが、言葉の重みは違った。
俺も、あと何年やれるかは分からん。
このままやったら……技術が途絶える。
それだけは、分かっとる
ごうさんの想いも含めて、"社員に求める人材像"に反映させます。
現場を無視した人事はやりません
ごうさんは短く鼻を鳴らして、背を向けた。
そう言って、大型機の方へ歩いて行った。完全な拒絶ではなかった。その背中には、かすかに「頼む」という言葉が混じっているように見えた。
シーン⑤|二つの視点が揃った――そして次の扉へ
人事課に戻ると、窓の外はもう夕焼け色に染まっていた。タクさんはイスにどかっと座って、天井を見上げた。
あとはこの二つから"社員に求める行動"を導き出す、やな
対社外と対社内に分けて整理します。
会社の軸と変化への対応、両面から社員に求める行動が導けるはずです
俺は今日、対現場で一番の壁にぶつかったわ。
ごうさん、怖かったー
タクさんの営業時代の経験が活きましたね
変わっていくものも大事やけど、変わらんものもある。
ごうさんの"現場愛"は、間違いなくネジマキ精工の"変わらないもの"やな
ほな調子に乗って一つ。
"変わっていくもの"で一番変わったのは……俺の腹回りやな。
しっかり育成しとります
しかも課題①に分類されます——定着、じゃなくて脂肪の
次回は、「変わらないもの」と「変わっていくもの」の両軸から、ついに「社員に求める行動」を導き出す――ネジマキ精工の人材像、いよいよ形になる。
参考書籍:『研修体系とスキルマップのつくりかた』
この物語はフィクションですが、学びの内容は本書に基づいています。
