前回のあらすじ 突然の人事異動で人事課に配属された元営業マンのタクさんと、新入社員のヒカリちゃん。『研修体系とスキルマップのつくりかた』を一緒に読み始めた二人は、人事の仕事の本質が「経営戦略を実現するために人的資本の質と量を最適化する機能」であること、そのための人事施策が「採用・育成・評価」の三本柱であることを学んだ。 ▶ 前回の記事はこちら
人事の仕事の本質をおさらい――朝イチの復習テスト
人事課2日目の朝。組立拓海は、昨日より15分早く出社した。デスクの上には昨日のノート。忘れ物もない。我ながら上出来だ。
今日は忘れ物なしですね
仕上ひかりはすでに席についていた。昨日と同じくまっすぐな姿勢で、例の本にはさらに付箋が増えている。
人的資本の質を上げるのは自分からやからな。
昨日学んだことやで
人事の仕事の本質を一言でどうぞ
ええよ。
えーっと……
経営戦略を実現するために、人材の質と量を……
なんやっけ……
最大化?
最大化と最適化は全然違います。
むやみに増やすんじゃなくて、戦略に合わせてちょうどいい状態に整えるのが"最適化"です
最大化やったら全員採用せなあかんくなるもんな
じゃあ今日は、その"育成"の部分をもっと具体的に学んでいきましょう
拓海はノートを開き、ペンを構えた。
いざ、2日目!
Off-JTは「教える」、OJTは「育てる」――教育施策の2つの柱
ひかりが本を開き、教育施策の章を読み始めた。
Off-JTとOJTです
営業のときも"OJTで覚えろ"って言われた。
……ちなみにOJTって、オレンジジュースタイムの略ちゃうよな?
ひかりは完全にスルーした。
一方のOff-JTは"Off the Job Training"で、業務を離れた場で行う研修や座学のことです
現場で学ぶか、現場の外で学ぶか、ってことやな
で、ここが大事なんですけど、この本ではこう整理されています。
Off-JTは"教える"、OJTは"育てる"だと
拓海はペンを止めた。
たとえばタクさんが営業のとき、商品知識はどうやって覚えましたか?
カタログの読み方とか、スペックの説明とか。
座学で教えてもらった
じゃあ、お客さんの懐に入る話し方は?
現場で先輩の横についてて、見て、自分でやって、失敗して、怒られて……
気づいたら身についてた感じやな
教えるだけじゃ身につかないことを、実践の中で育てる
教えるは"入口"で、育てるは"道のり"みたいなもんか
今日はツイてるわ
ロミンガーの法則(70:20:10)――人は何から成長するのか?
ひかりがページをめくり、一枚の図を指差した。
アメリカのリーダーシップ養成機関、ロミンガー社が調べた"人の成長に何が影響するか"という研究です
なんかかっこええ名前やな
ひかりが本の内容を整理してホワイトボードに書いた。
★ ロミンガーの法則(70:20:10)
🟦🟦🟦🟦🟦🟦🟦 70%
仕事上の経験 (成功・失敗などの直接経験)OJT
🟧🟧 20%
他者の観察・アドバイス (上司のフィードバック等)
🟩 10%
Off-JT 読書・研修

拓海はホワイトボードを見て目を丸くした。
10%"しかない"からこそ、研修だけに頼るのは危険だということなんです。
成長の大部分は現場での経験と、そこに対する上司のフィードバックで決まる。
つまりOff-JTとOJTの両輪が必要だということです
確かに俺も営業時代、研修で習ったことより、現場で先輩に"その言い方はあかん"って指摘されたことのほうが何倍も覚えてるわ
70%の直接経験と、20%の他者からのアドバイス。
合わせて90%がOJTの領域です。でも、その経験を正しい方向に導くための土台として、10%のOff-JTがある
拓海はノートに大きく「70:20:10」と書き、その横にこう添えた。
でも成長の主戦場は現場
これ、上にも説明しやすいわ
研修体系がない会社の現実――スキルマップ・eラーニング・LMSとの距離
ひかりが次のページを開いた。
この本で扱っているものを整理すると――
ひかりがノートに書き出した。
【Off-JTの手法】
・次世代リーダー育成
・360度サーベイ
・eラーニングの活用
・学習管理システム(LMS)
【OJTの手法】
・スキルマップ(達成度を測定するためのツール)
※ISO 30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)の
指標項目とも関連
詳しくはこの本の後半に出てくるみたいです
LMSっていうのは?
eラーニングの教材配信や受講履歴の管理などを一元化するシステムですね。
これも後の章で詳しく出てきます
なんとかは?
人的資本に関する情報開示の国際的なガイドラインで、スキルマップはこの指標とも関連しているそうです。
これも後ほど
拓海は本の厚みを改めて眺め、それからふと、真顔になった。
ここまで学んだ内容と比べてさ。
うちの会社に研修体系なんかあったっけ?
沈黙が流れた。
ひかりが静かに口を開いた。
会社のルール説明、安全衛生の基礎、基本的な作業方法を座学と実地で。
それで終わりです
翌日からは現場に配属されて、"先輩に聞いてね"で終わりでした。
決まったマニュアルがあるわけでもなく、教える人によって内容もバラバラで
拓海は腕を組んだ。営業課にいたときも似たような状況だった。OJTという名前はついていたが、実態は「とりあえず先輩についていけ」だった。人によって教え方が違い、基準もなかった。
拓海がホワイトボードに書き出した。
【ネジマキ精工の人材育成の現在地】
❶ Off-JT → 入社時の1日研修のみ(座学+実地)
❷ OJT → やってはいるが"人任せ"
(基準・マニュアルなし、担当者により内容がバラバラ)
❸ 継続的な「育てる」仕組み → なし
二人はしばらくホワイトボードを見つめた。
拓海の声が低くなった。コミカルな空気が消えていた。
これじゃ、人が育つかどうかは完全に運任せです
そら事業環境が変わったときに対応でけへんわ
ひかりが本を手に取り、しっかりと拓海の目を見た。
研修体系のつくりかた、スキルマップの設計、OJTの仕組み化……。
全部この本に書いてあります
拓海はうなずき、ノートにこう書いた。
ここからつくる
人材育成をゼロからつくる決意――Off-JTとOJTの両輪を回すために
夕方。拓海が椅子の背もたれに体を預けて、天井を仰いだ。
ほなこの本を地図にして、うちの研修体系をゼロからつくったろうやないか
でもまあ、Off-JTとOJTの両輪が大事って学んだし、今日のOff-JTはここまでにして――
拓海はニヤリと笑った。
OJT……オレンジジュースタイムや
OJTの成果や
拓海はすごすごと自販機へ向かった。その背中を見送りながら、ひかりは小さくため息をつき――それから、ほんの少しだけ笑った。
明日からはいよいよ、この本の核心に踏み込んでいく。「研修体系」とは具体的に何なのか。「スキルマップ」はどうやってつくるのか。ネジマキ精工の"ゼロからの挑戦"が、本格的に始まる。
次回予告 「で、結局どんな人材を育てたらええんや?」――研修体系をつくろうと意気込むタクさんに、ヒカリちゃんが突きつけた問い。教育施策を設計するには、まず「企業のあるべき将来像」から逆算して人事施策を決める必要がある。その第一歩が「求める人材像」を明確にすることだった。ゴールなき育成はただの迷走――。ネジマキ精工が本当に必要としている人材とは? 次回、二人は人材育成の"出発点"に立つ。
参考書籍:『研修体系とスキルマップのつくりかた』 この物語はフィクションですが、学びの内容は本書に基づいています。