なぜ海外D2Cブランドから学ぶべきか
近年、D2C(Direct to Consumer)と呼ばれるメーカー直販モデルのブランドが世界的に注目を集めています。
これは、商品を作る企業が直接消費者に販売し、間に小売店や卸業者を挟まないという形。
コストを抑えられるだけでなく、顧客との距離が近くなり、より柔軟でスピーディなブランド運営が可能です。
中でも海外D2Cブランドは、デザイン性やブランディングの面で非常に洗練されているのが特徴です。
「かっこ悪いブランドがない」と言われるほど、どのブランドも世界観が統一され、商品・体験・SNSの全てが一貫しています。
また、海外ではD2Cという言葉が登場する前から「ブランドのミッション」や「パーパス」を重視する文化があり、単なる物の売買を超えた“価値共感型ビジネス”として発展してきました。
生活者がブランドを“応援する存在”として捉える構造ができあがっていたのです。
一方、日本では「D2C=ネット販売できるショップ」のように、表面的な仕組みだけが注目されがちです。
しかし、本当に学ぶべきなのは“中身”の部分=ストーリー設計・コミュニティ運営・ユーザー体験設計といったブランディングの思想なのです。
そこで本記事では、海外で実際に成功しているD2Cブランドを3つ取り上げ、その具体的な工夫や背景から、これから日本でブランドを立ち上げたい方にも活かせるヒントを探っていきます。
初心者の方でも理解しやすいよう、ブランドごとのストーリーを丁寧に解説します。
Glossier(コスメブランド)の成功:ユーザー参加型コミュニティ戦略
Glossier(グロッシアー)はニューヨーク発のコスメD2Cブランドで、その成功の背景には創業者エミリー・ワイス氏によるユーザー参加型のコミュニティ戦略があります。
ワイス氏はもともとファッション誌『Vogue』の編集アシスタントでしたが、2010年に美容ブログ『Into The Gloss』を開設し、セレブへのインタビューやメイクのコツなどを発信して熱心な読者コミュニティを築きました。
このブログ読者たちこそが後にGlossierの最初の顧客層となり、2014年のブランド立ち上げ当初から強力な支援者となったのです
Glossierのユニークな点は、顧客と“一緒に”ブランドを作り上げていく姿勢にあります。
エミリー・ワイス氏は「ブログ読者は皆、自分の“共謀者”(co-conspirators)だ」と語り、熱狂的なファンをSlackのクローズドコミュニティに招待して対話する取り組みまで行いました。
このコミュニティでは日常的にブランドと顧客がフランクに意見を交わし、そこで得た生のフィードバックが製品開発に直接活かされています。
まさに顧客との共創(コクリエーション)によって生まれた商品は、ファンに「自分も商品作りに携わっている」という特別な体験を提供し、強い愛着を生み出しています。
さらにGlossierは、SNS運用でもコミュニティ戦略を徹底しています。
Instagramでは顧客が投稿した写真やコメントを積極的にリポストし、DMにも可能な限り返信することで双方向のコミュニケーションを重視しました。
ユーザーにとって自分の投稿が公式に取り上げられる体験は嬉しく、ブランドを自分事として感じるきっかけになります
またYouTubeでは、自社商品の宣伝ばかりに頼らず、有名モデルが普段実際に使っているメイク方法を紹介する「Get Ready With Me」シリーズなど、コンテンツ自体の価値を重視した動画を継続的に発信しています。
自社製品だけでなく他社コスメもあえて登場させるその姿勢から、Glossierはあくまで顧客の「美」に関する世界観共有を第一に考えていることが伝わり、押し付けがましさのない自然体のプロモーションとなっています。
Glossier成功のポイント:
創業前から育んだコミュニティを基盤に、顧客とともに商品やブランドを創り上げたことです。
ユーザー参加型の戦略によって、一方的に「これが欲しいでしょう?」と訴えるのではなく、顧客自身が望むものを共に形にするブランドとなりました。
その結果、生まれた製品やブランドストーリーは高い共感を呼び、20代のミレニアル世代女性を中心に熱狂的な支持を集めています。
「企業は私たちのことを何も分かっていない」という不満から出発したワイス氏が、自ら顧客と対話し理解し続けた姿勢こそが、Glossier最大の成功要因と言えるでしょう。
Allbirds(スニーカーブランド)の成功:サステナブルな思想を体現
Allbirds(オールバーズ)はサンフランシスコ発のシューズD2Cブランドで、「世界一履き心地の良い靴」と「地球に優しい靴」の両立を掲げています。
2016年に元サッカーNZ代表のティム・ブラウン氏とバイオテクノロジーの専門家ジョーイ・ズウィリンガー氏が共同創業しました。
ティムはアスリートとして靴のフィット感やデザインに強いこだわりを持ち、ジョーイは従来の靴によく使われる石油由来素材に疑問を感じてエコな新素材の開発を志していました。
異色の二人が手を組み、「サステナビリティ(持続可能性)」「快適な履き心地」「洗練されたデザイン性」を兼ね備えた理想のスニーカーを生み出したのがAllbirdsなのです。
Allbirdsのブランドミッションは「ビジネスの力で気候変動を逆転させる」こと。
この明確なパーパス(存在意義)に基づき、製品開発から販売まで環境負荷低減への徹底した取り組みを行っています。
例えば、靴のアッパー(甲部分)にはユーカリの木由来の天然素材、ソール(靴底)には環境負荷の低いサトウキビ由来素材を使用し、インソールにも石油系ではなくヒマシ油を採用することで炭素排出量を削減しています。
製造・販売プロセス全体でカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)を達成し、靴箱も90%再生紙を利用する徹底ぶりです。
使用済みの靴底は非営利団体を通じて世界中で再活用される仕組みまで整えています。
これら数々の努力が評価され、Allbirds社は2016年にB Corp認証(高い社会・環境基準を満たす企業認証)も取得しました。
こうしたサステナブル戦略と並行して、Allbirdsの製品そのものも高く評価されています。
天然由来素材による柔らかな履き心地は米TIME誌に「世界一快適なシューズ」と称され、多くのユーザーから支持を集めています。
デザインはシンプルでどんなファッションにも合わせやすく、一度履けば品質の良さが実感できることでしょう。
つまり、環境への配慮と製品の魅力の双方を妥協しなかった点がAllbirdsの成功要因です。
創業者のジョーイ氏は口癖のように「より良い世界を作ろう」と語るそうですが、彼らの靴にはまさにその言葉が体現されています。
企業理念が単なるスローガンに終わらず、商品クオリティと具体的行動によって裏付けられているため、顧客もブランドを信頼し、共感しやすくなっているのです。
また、Allbirdsはマーケティングにおいても派手な広告より共感のストーリーテリングを重視しました。
例えば「軽やかな足取りで、地球にも優しく(Light on your feet, easy on the planet)」というメッセージを掲げ、自社サイトや店舗でストーリー性のある体験を提供しています。
Blog
創業エピソードや素材開発の裏話、環境にまつわる情報発信を通じて、「このブランドの靴を履くこと自体が地球に貢献する行動になる」という物語を消費者と共有しているのです。
こうした思想性のあるブランドには価値観に共鳴するファンが付きやすく、実際Allbirdsはアメリカのシリコンバレーの起業家たちをはじめ多くの人々に愛用される存在となりました。
サステナブル志向の高いZ世代・ミレニアル世代から支持され、「履くだけでSDGsに貢献できる靴」としてブランドコミュニティが広がっているのです。
Allbirds成功のポイント:
明確な使命感(気候変動への挑戦)を掲げ、それを商品と企業活動の両面でブレずに貫いたことです。
環境への優しさという価値観をブランドの核に据えつつ、履き心地やデザインといったプロダクトの基本品質も高水準に保つことで、「応援したくなるブランド」を築きました。
ただ理想を語るだけでなく、それを実現する技術力・素材開発力を持っていた点も見逃せません。
初心者が学ぶべきは、自分たちのブランドが社会にどんな価値を提供できるかを明確にし、それを妥協なく形にすることがファンの支持を得る近道だということです。
Warby Parker(メガネブランド)の成功:UX重視の顧客体験
Warby Parker(ワービーパーカー)はニューヨーク発のアイウェアD2Cブランドです。
2010年にペンシルベニア大学の学生4人によって創業され、「高品質なメガネを適正価格で提供する」というミッションのもとスタートしました。
創業のきっかけは、学生の一人が旅行中にメガネを失くして新調しようとした際、その価格の高さに愕然とした経験だったといいます。
「視力矯正に必要なメガネが高価すぎるのはおかしい」と感じた彼らは、業界が一部企業によって寡占状態にあることに気付き、中間業者を排除して安価に販売するモデルを思いつきました。
こうして企画・製造・販売のすべてを自社で行い、高品質ながら手の届きやすい価格設定を実現したWarby Parkerは、多くの消費者から歓迎されました。
実際、通常数万円以上することも多いメガネ一式を、同社は約95ドル程度(1万円強)で提供し、大きな話題を呼んだのです。
Warby Parker最大の特徴は、顧客体験(UX)を徹底的に重視した販売戦略にあります。
とりわけ有名なのが「ホーム・トライオン(Home Try-On)プログラム」です。
これは顧客が自宅にいながら5本までのメガネフレームを無料で試着できるサービスで、オンライン購入の大きなハードルだった「実物を試せない不安」を見事に解消しました。
サイト上で気になるフレームを選ぶと、自宅に試着用のフレームが届けられ、5日間じっくり掛け心地やデザインを確認できます。
気に入ったものがあればそのまま購入し、不要なフレームは同梱の返送ラベルで送り返すだけ、という手軽さです。
「買う前に試せる」安心感は顧客にとって非常に魅力的で、この仕組みによって購入転換率が大きく向上したとも報告されています。
さらに近年ではスマホアプリでのバーチャル試着(ARを用いた3D試着)機能も導入し、店舗に行かずとも自分に似合うメガネを選べるユーザビリティを追求しています。
また、Warby Parkerは単に安いだけでなくブランドの世界観や社会貢献も顧客体験に織り込んでいます。
同社は創業当初から「Buy a Pair, Give a Pair(1本買うと1本寄付する)」という社会貢献プログラムを掲げており、メガネを購入するごとに途上国の視力矯正が必要な人々にメガネや検眼サービスを届けています。
具体的には提携する非営利団体を通じて、顧客が1本買うたびに別の1本分の費用を寄付する仕組みで、視力が弱く困っている人々を支援しています。
この取り組みはブランドのイメージ向上に大きく寄与し、顧客にも「自分も誰かの役に立った」という満足感を与えています。
いわば商品購入という行為自体を社会的に意義ある体験へと高めているのです。
さらに、Warby Parkerはブランディングとストーリーテリングの巧みさでも際立っています。
他社にはないユニークなブランド名「Warby Parker」は、ビート世代の作家ジャック・ケルアックの著作に登場する人物名を組み合わせたもので、背景には「誰もが自由に視る権利がある」という理念が込められています。
創業時からPR会社と組んで自社の物語を多くのメディアで発信し続けており、「メガネ業界の常識を変える若者たちの挑戦」というストーリーは多くの人々の共感を呼びました。
公式サイトやSNS、店舗に至るまで、あらゆる顧客接点でこのブランドストーリーを一貫して語り続けている点も特徴です。
例えばInstagramではおしゃれなメガネの写真だけでなく、社員や顧客のエピソード、社会貢献の様子なども発信し、単なる商品カタログにならないよう工夫しています。
「メガネを買う」という行為にファッション性や自己表現の楽しさを持たせるライフスタイル提案も積極的に行っており、消費者にとってWarby Parkerのメガネは日常生活の一部を彩るアイテムとして位置付けられています。
Warby Parker成功のポイント:
顧客がブランドと接触する体験をトータルで設計し、徹底的に磨き上げたことです。
自宅試着サービスという画期的なUX施策でネット販売の不安を解消し、適正価格と社会貢献で「このブランドから買いたい」と思わせる付加価値を提供しました。
さらに創業ストーリーから商品コンセプトまで一貫したメッセージを発信することで、ブランドに共感し長く愛してくれるファンを獲得しています。
D2Cブランドにおいて、こうしたブランド物語の良し悪しは「命に関わる問題」とまで言われます
が、Warby Parkerはまさに秀逸なストーリーテリングで成功した代表例と言えるでしょう。
まとめ:D2Cの本質は「顧客との物語を共に紡ぐこと」
Glossier、Allbirds、Warby Parker――いずれのブランドにも共通しているのは、「顧客と共にブランドを育てている」という視点です。
単に商品を作って売るのではなく、「どんな人に、どんな体験を提供するのか」という視点を最初から持ち続け、ユーザーとの信頼関係を丁寧に築いてきました。
また、それぞれのブランドには創業者の体験や志が根底にあり、ストーリー性と価値観が一貫していることも特徴です。
- Glossier:ユーザーとの“共創”で商品を生み出す
- Allbirds:サステナブルな素材と思想で共感を生む
- Warby Parker:購入体験そのものを価値あるものに再設計
これらの要素は、日本でD2Cブランドを始めようとしている方にとっても、大きなヒントになります。
大切なのは、完璧な商品を作ることではなく、「誰に、なぜ届けたいのか?」という想いを明確にし、それをどう伝え、どう体験させるかを設計すること。
後編では、これらの事例に共通するブランド構築のエッセンスを5つのポイントにまとめ、日本でも応用できるアイデアや実践方法をご紹介していきます。
▶ 後編はこちら:「今日から実践!海外D2Cに学ぶブランド構築5つのコツと応用アイデア」