前回のあらすじ 教育施策がOff-JT(教える)とOJT(育てる)に分かれること、ロミンガーの法則(70:20:10)で人の成長の90%はOJTの領域であることを学んだタクさんとヒカリちゃん。そしてネジマキ精工の人材育成が入社1日研修+人任せOJTという"ほぼゼロ"の状態であることに気づき、「この本を地図にして、研修体系をゼロからつくろう」と決意した。 ▶ 前回の記事はこちら
教育施策は「何を教えるか」から――いきなり研修メニューの落とし穴
人事課3日目の朝。組立拓海は、コンビニで買ったコーヒーを片手に、意気揚々とドアを開けた。
昨日な、帰りの電車で考えてん。研修メニュー、俺なりに案を出してみたで
拓海はノートを広げた。そこには「ビジネスマナー研修」「安全衛生研修」「リーダーシップ研修」「5S研修」……と、思いつく限りの研修名がずらりと並んでいた。
ひかりはそのリストを一瞥し、静かに言った。
それ、何のためにやるんですか?
社員の成長のためやろ?
優秀な社員?
沈黙。拓海はペンを止めた。
何を教えるかが決まっていないのに、研修メニューだけ並べても意味がないんです。
これ、昨日の続きを読んでいたら、まさにこのことが書いてありました
拓海はノートの研修リストをじっと見つめ、それからゆっくりとページをめくった。
でも、これはよくある失敗パターンみたいです。
この本にもそう書いてあります
理念→経営戦略→組織能力→教育施策――「目的と手段」の連鎖を理解する
ひかりが本を開き、人事業務の本質について書かれた章を読み上げた。
企業には"あるべき将来像"がありますよね。
経営理念やビジョンと呼ばれるものです
"精密加工技術で日本のものづくりを支える"みたいなやつやな。
社長がよく言うてるわ
でも、その"あるべき将来像"と現状には差がある。
その差を埋めるために策定されるのが経営戦略です。
これは前々回も学びましたよね
将来のあるべき姿と現状の差を認識して、その差を埋めるための行動計画や
で、その経営戦略を実現するために必要な力が組織能力(ケイパビリティ)。
組織能力を強化・獲得するには人的資本の質と量を最適化する。
その最適化のための施策の一つが教育施策
でも今日、大事なのはここからです。
この流れ、全部つながってるんです。
それぞれが"目的と手段"の関係で結びついている
ひかりがホワイトボードに書き出した。
「目的 → 手段」の連鎖構造
経営理念・ビジョン(あるべき将来像)
↓ これを実現するための【手段】が
経営戦略
↓ これを実現するための【手段】が
組織能力(ケイパビリティ)の強化・獲得
↓ これを実現するための【手段】が
人事施策(教育施策)
★ 上が「目的」、下が「手段」
★ すべてが一本の線でつながっている
教育施策は、その上にある組織能力のための手段で、組織能力は経営戦略のための手段で、経営戦略は理念を実現するための手段、ってことか
全部が目的と手段の関係でつながっている。
この流れを理解せずに人事施策を考えると、戦略の方向性がずれるとこの本には書いてあります
拓海は自分が昨晩書いた研修リストに目を落とした。「ビジネスマナー研修」「5S研修」……どれもネジマキ精工の経営戦略から導いたものではない。なんとなく「あったらよさそう」で並べたものだ。
理念もビジョンも考えんと、いきなり研修メニューを並べた。
そりゃズレるわ
これから正しい順番で考えていきましょう
経営戦略から直接教育を考えない――「求める人材像」というワンクッション
ひかりがページをめくった。
教育施策の目的は、最終的には経営戦略を実現することですよね
拓海はうなずいた。
研修受けただけで売上は上がらへん。
営業時代にどんだけ研修受けても、実際にお客さんのところ行って提案して、行動に移して初めて結果が出たもんな
教育によってスキルや知識を身につけた人材が、正しく必要な行動をとることで、はじめて経営戦略の実現に向かう。
つまり、教育と経営戦略の実現の間には、"人材の行動"というワンクッションがある
教育→即・戦略実現、じゃなくて、教育→人材が行動する→戦略が実現する、って二段階なんか
拓海はペンを止めた。
経営戦略→それに必要な組織能力→組織を構成する人材→求める人材像、と
つまり教育施策の目的は、"求める人材像"を育成することに落とし込まれるんです。
経営戦略という抽象的なゴールを、"こういう人材がほしい"という具体的なイメージにまで分解する。
それが出発点です
拓海は背もたれに体を預けて、天井を見上げた。そして、ぽつりと言った。
求める人材像があって、その人材が集まって組織として行動したとき、必要な組織能力が形成されて、結果として経営戦略が実現されるんやな
求める人材が組織として行動したときに、必要な組織能力が形成され、経営戦略が実現される。
この順番が大事なんです
拓海の目が光った。営業時代にターゲット顧客のペルソナを考えたように、人事ではまず「どんな人材を育てるのか」を明確にする。それが全ての出発点だ。
ひかりは本を閉じて、まっすぐ拓海を見た。
施策は「上から下」で考え、「下から上」で実行する――人事の全体像
拓海がホワイトボードの前に立った。
今日学んだことを図にまとめたい
拓海が描いた図はこうだった。
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★ 施策を【考える】流れ(上から下へ)
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経営理念・ビジョン
↓
経営戦略
↓
組織能力(← 求める人材像で具体化)
↓
人事施策(教育施策)
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★ 施策を【実行する】流れ(下から上へ)
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人事施策(教育施策)
↑
組織能力(← 求める人材像の育成)
↑
経営戦略
↑
経営理念・ビジョン
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設計は上→下 / 実行は下→上
この双方向が人事の仕事の全体像
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理念があって、戦略があって、必要な組織能力があって、そこから教育施策を導く。
でも実行するときは逆や。
教育施策で人を育てて、育った人材が組織能力を形成して、経営戦略が実現して、最終的に理念に近づく
ひかりがうなずいた。
営業計画も同じやったわ。
年間目標は上から降りてくるけど、実際に達成するのは現場の日々の行動の積み上げや。
設計は上から、実行は下から。
人事もまったく同じ構造なんやな
今日二回目やで
「求めるギャグ王」は誰も求めてない
夕方。今日の学びをノートにまとめ終えた拓海が、ぐっと伸びをした。
今日ではっきりしたな。
俺らがまずやるべきことは、ネジマキ精工の"求める人材像"を明確にすることや。
そのためには会社の理念やビジョン、経営戦略を知らなあかん
社長や経営層の考えを聞くところから始める必要があります
"ネジマキ精工はどこを目指してるんですか"って
でもその前に――
でもまあ、俺は俺なりの"求める人材像"を目指すわ
拓海はニヤリと笑った。
社内の笑い声を10倍にする男――
組織の潤滑油的なポジションやと思うねんけど
ひかりは小さくため息をつき、それから、もう慣れたように軽く笑った。
窓の外では夕焼けが広がっている。明日、二人はいよいよ社長室のドアを叩く。ネジマキ精工の理念やビジョンを聞き、そこから逆算して「求める人材像」を描く――。人事課の凸凹コンビの挑戦は、いよいよ本丸に差しかかる。
次回予告 「社長、ネジマキ精工は10年後、どうなっていたいですか?」――タクさんの直球の質問に、社長は何と答えるのか。経営理念とビジョンから逆算して「求める人材像」を具体的に描く第4回。「理念は額に飾るもんちゃう。人を育てる土台にするもんや」――社長の言葉に、二人の目の色が変わる。
参考書籍:『研修体系とスキルマップのつくりかた』
この物語はフィクションですが、学びの内容は本書に基づいています。
