学ぶシリーズ 研修体系とスキルマップのつくりかた

事業環境分析で見えた人的資本課題――「変わっていくもの」と現場の本音【研修体系とスキルマップのつくりかた⑥】

前回のあらすじ前回は巻島社長へのヒアリングを通じて、「変わらないもの」の言語化に成功した。経営理念の3本柱(ものづくりの品質で信頼をつくる/お客様との約束を必ず守る/社員一人ひとりを大切にし成長できる会社をつくる)と、コアコンピタンスの3層構造(第1層:NOと言わない姿勢/第2層:きめ細かい現場対応力/第3層:特定顧客向けの一貫生産体制)を整理した。次のステップは「変わっていくもの」の分析と、現場責任者・鋳型剛さんへのヒアリング。今回はいよいよその両方に挑む。▶ 前回の記事はこちら


シーン①|「変わらないもの」の次は「変わっていくもの」――分析の全体像

前回のヒアリングノートを広げながら、組立拓海(タクさん)は自席でのんびりコーヒーをすすっていた。

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
前回は"変わらないもの"、つまり経営理念とコアコンピタンスを整理したわけやけど……次は"変わっていくもの"やな。
これ、社長だけに聞いてもアカン気がする。
もっと広い情報が要るんちゃうか

仕上ひかり(ヒカリちゃん)はすでにノートPCを開いて、参考書のページを指でなぞっていた。

そうです。
『変わっていくもの』というのは、事業環境の変化と、それに対応するための経営戦略、そこから導かれる人的資本の課題のことです。
まず事業環境を整理して、それから現場の声を聞くのが筋だと思います
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)
組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
段取りが完璧やな。
ほな、まず事業環境の分析からいこか
タクさん、営業データや業績資料ってどこにありますか?
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)
組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
あー……どこやったかな。
俺、前の部署のこと、わりと忘れてるわ
異動して半年ですよね……
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)

結局、ヒカリちゃんが総務から5年分の売上データを取り寄せ、二人は会議室のホワイトボードの前に立った。


シーン②|売上の7割が"一社"に集中――事業環境分析で見えた構造的リスク

データを並べるほどに、タクさんの表情が変わっていった。

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
……ちょっと待って。
丸駒重工とその関連会社への売上、合計したら全体の約7割やんか
そうですね。
グループ全体でみると、実質的に丸駒重工一社で成り立っていると言ってもいい構造です
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)
組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
俺、営業やってたから分かるけど……これ、めちゃくちゃリスクやで。
一社の業績が傾いたり、発注方針が変わったりしたら、ネジマキ精工そのものが揺れる。
ありがたい取引先ではあるんやけど、依存度が高すぎる

ホワイトボードに「丸駒重工依存70%」と書いてから、タクさんは赤いマーカーで大きく囲んだ。

続けてデータを眺めると、課題はそれだけではなかった。現場作業者の採用は慢性的に充足できていない。求人を出しても応募が少なく、入社してもすぐ辞める。ベテランの高齢化も進んでいる。さらに業務のほとんどが紙とアナログ。システム導入はほぼ手つかずだ。

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
人手不足、DXの遅れ、人が辞めていく……。
"変わっていくもの"っていうか、"変わらなあかんのに変われてないもの"やな、これ」
鋭いですね。
でもそこが大事なんです。
『変わっていくもの』を正直に見ることで、自社が対応できていない領域が明確になる。
目を背けてきた課題を直視する作業です
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)

タクさんはしばらく黙って、ホワイトボードを見つめた。


シーン③|事業環境→経営戦略→人的資本課題――悪循環の構造に気づく瞬間

整理しましょう。
本のフレームワークでは、事業環境の変化を受けて経営戦略の方向性を決め、その戦略を実現するために必要な人的資本の課題を導き出します
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)

ヒカリちゃんがホワイトボードに書き始めた。タクさんがそれを手伝いながら、図が完成していく。


【事業環境の変化】
 ├ 売上の約70%が丸駒重工グループへ集中(依存リスク)
 ├ 現場作業者の採用難・ベテランの高齢化
 ├ DX・デジタル化への対応の遅れ
 └ 若手の早期離職・育成の仕組みの不在

      ↓

【経営戦略の方向性】
 ├ 新規顧客・新領域の開拓(依存度の低減)
 ├ DX推進による業務効率化・品質向上
 └ 人材の定着と育成の仕組みづくり

      ↓

【人的資本の課題】
 ├ 課題1:定着(等級制度・評価制度・キャリアパスの整備)
 ├ 課題2:現場力の維持・強化(技能伝承・多能工化・品質管理力)
 ├ 課題3:新領域を開拓できる人材の育成(提案力・営業力)
 └ 課題4:DX人材の確保・育成(システム導入・データ活用)

タクさんが図を眺めながら、腕を組んだ。

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
……待って。
繋げて考えると、えらいことになるで。
顧客依存を下げるには新規開拓が要る。
でも新規開拓できる人材がいない。
人材を育てる仕組みもない。
だから人が辞める。
人が辞めるから現場が回らない。
現場が回らないから丸駒重工の仕事しかこなせない。
だからますます依存度が下がらない……悪循環やんけ
そうです。
そしてこの循環を断ち切るために人事施策が必要になる。
研修体系やスキルマップは、その循環を止める"くさび"になるものです。
それが私たちの仕事です
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)

タクさんはペンをキャップに戻して、深く息を吐いた。

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
……俺、最初は"研修体系なんて形だけの資料やろ"って思っとったわ。
でも違うんやな。
会社の生き死にに関わる話やったんや
最初からそう言ってましたけどね、私
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)
組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
聞いてへんかったわ、すまん

シーン④|鋳型剛、登場――現場と人事の間にある壁

午後、二人は製造現場へ向かった。工場の奥、大型加工機が並ぶエリアの端に、鋳型剛(いがた ごう)はいた。

年齢は50代半ば。ごつい手、油で少しくすんだ作業着、額の深い皺。「現場の番人」という言葉がそのまま人間になったような雰囲気だ。タクさんとヒカリちゃんを見た瞬間、明らかに表情が曇った。

「……人事が現場に何の用や。今日は検査のやり直しが3件入っとる。忙しいんじゃ」

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
「ごうさん、少しだけ時間もらえませんか」
もらえん
鋳型剛(いがた ごう)
鋳型剛(いがた ごう)

ヒカリちゃんが口を開こうとするより早く、タクさんが一歩前に出た。

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
ごうさん。俺、営業やってた頃、ごうさんの現場に何度も助けてもらいました。
無茶な納期、無理な仕様変更、客先からのギリギリの依頼……いつも間に合わせてくれた。
あの時のごうさんがいなかったら、俺の営業成績はゼロどころかマイナスですよ。
それだけは、忘れたことありません

沈黙が落ちた。ごうさんは腕を組んだまま、視線をタクさんからホワイトボードへ、また戻した。

……で、何が聞きたいんや
鋳型剛(いがた ごう)
鋳型剛(いがた ごう)

低い声だったが、さっきまでの突き放すトーンとは少し違った。

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
現場から見て、どんな課題があるか、正直に聞かせてほしいんです

ごうさんはしばらく黙ってから、短く言った。

若い子が来てもすぐ辞める。
去年も3人入って、半年で全員おらんくなった
鋳型剛(いがた ごう)
鋳型剛(いがた ごう)
辞める理由は何だと思いますか?
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)
きつい、汚い、覚えることが多い。
それに……教える余裕がない。
俺らも毎日の仕事で手一杯や。
丁寧に育ててやりたくても、現場がそれを許さない
鋳型剛(いがた ごう)
鋳型剛(いがた ごう)

ごうさんの口調は相変わらず短く刻まれていたが、言葉の重みは違った。

技術を持ったベテランが減っとる。
俺も、あと何年やれるかは分からん。
このままやったら……技術が途絶える。
それだけは、分かっとる
鋳型剛(いがた ごう)
鋳型剛(いがた ごう)
組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
ごうさん、その危機感、ちゃんと受け取りました。
ごうさんの想いも含めて、"社員に求める人材像"に反映させます。
現場を無視した人事はやりません

ごうさんは短く鼻を鳴らして、背を向けた。

……好きにせえ
鋳型剛(いがた ごう)
鋳型剛(いがた ごう)

そう言って、大型機の方へ歩いて行った。完全な拒絶ではなかった。その背中には、かすかに「頼む」という言葉が混じっているように見えた。


シーン⑤|二つの視点が揃った――そして次の扉へ

人事課に戻ると、窓の外はもう夕焼け色に染まっていた。タクさんはイスにどかっと座って、天井を見上げた。

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
"変わらないもの"と"変わっていくもの"、両方見えてきたな。
あとはこの二つから"社員に求める行動"を導き出す、やな
はい。
対社外と対社内に分けて整理します。
会社の軸と変化への対応、両面から社員に求める行動が導けるはずです
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)
組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
対社外と対社内か……。
俺は今日、対現場で一番の壁にぶつかったわ。
ごうさん、怖かったー
でも最後は話してくれましたよ。
タクさんの営業時代の経験が活きましたね
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)
組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
そうやな。
変わっていくものも大事やけど、変わらんものもある。
ごうさんの"現場愛"は、間違いなくネジマキ精工の"変わらないもの"やな
……いいこと言いますね
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
ほんま?
ほな調子に乗って一つ。
"変わっていくもの"で一番変わったのは……俺の腹回りやな。
しっかり育成しとります

それ、育成じゃなくて蓄積です。
しかも課題①に分類されます——定着、じゃなくて脂肪の
仕上ひかり(しあげ ひかり)
仕上ひかり(しあげ ひかり)

組立拓海(くみたて たくみ)
組立拓海(くみたて たくみ)
どうもすいません


次回は、「変わらないもの」と「変わっていくもの」の両軸から、ついに「社員に求める行動」を導き出す――ネジマキ精工の人材像、いよいよ形になる。

参考書籍:『研修体系とスキルマップのつくりかた
この物語はフィクションですが、学びの内容は本書に基づいています。

 

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