前編で、こう書いた。人が集まっても、自然とチームにはならない、と。
3人揃っても、全員バラバラに動いていた。業務システムの案件は次々に止まり、Nさんにチームでの開発を頼んでも、計画が出てこないまま止まってしまっていた。導く側の自分にも、経験がなかった。
その停滞を、思いがけない形で抜けることになる。
遠回りを、先にやる|日本語学習サイトという選択
よその営業所が絡む案件は、待っても進まない。それなら、自分たちだけで完結できるものを先に作ろう——そう考え直した。
選んだのは、日本語学習サイト。外国人社員のための学習サイトだ。優先順位でいえば業務システムやWMSが上だけれど、遠回りでもいいから、まず「仕事を回せる仕組み」そのものを作らなければ、と思った。
もともと構想はあって、ある程度の準備もあった。推進を任せたのは、人事で外国人社員を担当しているAさんだ。彼女は率先して打ち合わせの段取りをしてくれて、外国人メンバー2人とわたしを交えたミーティングが始まった。
一番できる人が、いなかった|だから回り始めた
このとき、Nさんは別の仕事で忙しかった。だから、この日本語サイトのプロジェクトには参加できなかった。
すると、どうなったか。
システム開発の中心が、必然的にQさんになった。
これは、あとから振り返ると大きかった。前編で書いたとおり、Nさんは一人でフルスクラッチを組む力はあっても、チームでの開発経験がなかった。その彼が、たまたまこのプロジェクトにいなかった。一番できる人が抜けたことで、かえってチームが回り始めた。狙ったわけじゃない。でも、そうなった。
体制を、意図して組む|測りながら、使う
Qさんを中心に据えた上で、わたしから希望を出した。
Pさんを使うこと。そして、海外側で開発を手伝ってくれるTさんを使うこと。
理由はいくつかある。ひとつは、開発体制そのものを整えたかったこと。ひとつは、とにかくスピードを上げて作ってほしかったこと。そしてもうひとつ、スリランカチームの技量を測ってもらう必要があったこと。やってもらいたいことは、いくらでもあった。
Qさんについては、それまでに彼がフルスクラッチで作ったシステムが良いものだった、という実績があった。だから、できると判断していた。前編の頃は「才能を模索中」だった彼が、ここで戦力として数えられるようになっていた。
前編では、人を集めただけで個々がバラバラに動いていた。ここで初めて、誰に何をやってもらうかを、意図して組みにいった。
役割を決めたのは、わたしじゃなかった
そして、この後編でいちばん書いておきたいことが起きる。
システムメンバーの役割を、最初に決めてくれたのは、Qさんだった。
PさんをUIデザインに。Tさんをフロントエンドに。自分自身はバックエンドを担当し、そして取りまとめ役も引き受ける。わたしからは、プロジェクトマネージャーなのだという意識を持ってもらうよう、お願いした。
前編で、ぽっかり空いていた「導く人」の席。そこに座ったのは、わたしではなかった。彼は前職で、チームでの開発を経験していた。やり方が頭に入っていた。わたしに無かったものを、彼は持っていた。
最初は手探りだった。仕事の割り振りも、Tさん(海外)の時間マネジメントも、エクセルの表でスタートした。ツールも開発環境も、整っていたとは言えない。それでも、なんだかんだと、これで進んでいった。
立派な開発環境じゃなかった。前編が「ほったて小屋」だったように、ここも手作りの仕組みだ。でも、回り始めた。
わたしの役割は、見守り役と小姑役
ここから先は、もう技術的な領域に入る。
そうなると、わたしの役割は、見守り役と小姑役だ。
口を出しすぎず、でも気になることはちょいちょい言う。進め方そのものは、Qさんに任せる。前編では「指示もアドバイスもできない」ことが弱点だった。でもチームを率いられる人が現れたいまは、指示しないことが、むしろ正しい立ち位置になった。
これが、たぶんこのシリーズの名前の意味だ。わたしは“つくる人”ではない。設計もコーディングもしない。でも、つくる人が、つくる人たちを率いられる場所を用意することはできた。それが「つくる人をつくる」ということなんだと思う。
サイトは、まだ道半ば|得たのは「型」だった
正直に書いておく。日本語サイトそのものは、成功しきってはいない。
一旦は形になったけれど、思ったより時間がかかった。本当はアジャイル開発のように、できたものから公開して、外国人社員に使ってもらいながら改善と機能追加をしていきたかった。でも、なかなかそうは進まなかった。
いまも何人かに使ってもらっているが、継続して学習してもらうのは難しい。すべてをこのシステムで解決できるわけでもない。これからはオフラインのイベントなども混ぜながら、日本語学習を企画していく予定だ。UIの変更や機能追加も、Aさんが企画を続けてくれている。
だから、プロダクトとしては道半ばだ。
でも、このプロジェクトで本当に得たものは、サイトの出来栄えじゃなかった。「チームで作る」という型が、初めて手に入ったこと。役割を割り振れる人が現れたこと。わたしが見守り役に回れたこと。それが、何より大きかった。
——そして、この型を持ったチームが、次にいよいよ本丸に向かう。WMSだ。優先順位の一番上にずっとあって、でも手を出せずにいたあの案件で、「本当のチーム」が動き出す。
その話は、#05で。